『重力と恩寵』を読んで反戦ととく。

第二次大戦中に夭逝した哲学者シモーヌ•ヴェーユは、生命をかけて戦争という憎悪と対峙した。

シモーヌ•ヴェーユ著『重力と恩寵』(春秋社、渡辺義愛氏訳)を一気に読了した。本書はその構成から“警句集”として読まれることが多いようだが、決してそれですませてはならない。行動の書にせよ。そのキーワードとして「遡創造」をあげたい。

遡創造とはなんだろう?ヴェーユによれば、神は絶えずこの遡創造を繰り返している。

 われわれは無になり、植物の水準まで降りて行かねばならない。そのとき神が日々の糧になる。(本書「遡創造」P68)

遡創造の原語は「decreation」でヴェーユの造語である。「円周の最高点から出発した動点が、最低点に達するまでを創造(creation)とし、そこからもとの最高点にさかのぼる動きが遡創造(decreation)」とある。最低点まで落とす力は「重力」である。そこにあるのは悲惨、困窮、欠乏、疲れ、重圧、責め苦、非業の死、束縛、恐怖、そして疾病……であり、すべて神の愛であるという。人は低劣な本性を持ち、低劣な行為をするからだ。神は愛をもって「人を最低点に落とす」。

 人生には完全に裸で純粋な瞬間が二度しかない。誕生のときと、死のときと。人間のかたちをとった神を、その神性を穢さずに崇敬できるのは、生まれたばかりのときと、死の苦悶を味わうときだけである。(「遡創造」P68)

ヴェーユによれば、最高点とは二度ある。生まれた瞬間と死ぬ瞬間。前者は純潔であり、後者は苦悶である。純潔が最高点なのは良いとしても、苦悶もまた最高点なのだろうか?仮にそうだ思おう。だが罪深き人びとは、いかにもう一度最高点まで「さかのぼる」ことができるのか?彼女はこう書く。

 われわれは自分自身を遡創造することによって、世界の創造に参与する。(「遡創造」P63)

ヴェーユのことばを本から追うだけではその真意はわからない。理解のためにひとつの用語をあてはめてみたい。「戦争」である。

ユダヤ人の彼女はパリに生まれ、ナチズムが広まる欧州でデモに参加し、活動家を支援し、公に発言もする。27才でスペイン内戦の義勇兵となり戦線にでる。その後パリにもどると第二次大戦がはじまる。パリ陥落後は難民となり地方に落ちのびる。そこからアメリカに渡るが、抵抗活動レジスタンスに身を投じるためロンドンにゆく。疲労と栄養失調で倒れて、客死する。享年34才。

ヴェーユにとって自分を塑創造するとは、戦争という憎しみ、悲惨、困窮、恐怖…と戦うことであった。文字通り身を削りながら戦うことであった。

 自分で自分の根を引き抜かなければならない。木を伐って十字架をつくり、日ごとにそれを担うこと。(「遡創造」P72)

彼女は我が身を削って十字架をつくっていたのだ。だから平和な国で安穏に暮らすわれわれ日本人が、本書を字面で読んで、「真空」「仲立ち」「読み」「恩寵」など、「こむつかしい哲学的なことば」をひたすら理解しようとする読み方は、まったく無意味である。戦争ということばをそこに置くしかない。そうすればヴェーユの警句の真意は近寄ってきてくれる。次のことばも、より重く理解することができる。

 自分以外の人間たちの存在それ自体を信じること、それが愛である。(「愛」P113)

人はかんたんに最低点に落ちることができる。だがそこはそもそも方向性のない「真空」であった。真空であるがゆえに、放っておくとすぐに善いものも悪いものもいっぱいになる。身動きがとれなくなる。だから真空にもどらなければならない。それが遡創造、生をさかのぼる動きであり、死に向かうことである。

病弱なヴェーユは苛烈な環境に自分をおいて考え、ことばを書き、遺した人だった。すべてを愛するものとして受け容れようとした人だった。真の神性があったのだろう。そしてへだたりを失くせ、とヴェーユはいう。

 純粋に愛すること、それはへだたりを受け容れることである。自分自身と自分の愛するものとのあいだの距離をこよなく愛することである。(愛 P116)

目下の極東アジアの国際情勢を見よう。そこには軍備増強と憎しみがある。国の指導者同士、国民同士、大きなへだたりがある。私も三代目独裁者もクソ大統領も地位に汲々とする首相もきらいである。だが清濁を合わせのんで、とにかく平和に進まねばならない。今その一歩を踏み出せそうなときである。それを支援することは、われわれが歩むべき遡創造への道であると思う。

余談だが、以上の感想は『重力と恩寵』春秋社、渡辺義愛訳、2009年新版である。そもそもは図書館でこの本の旧版を手にしてから、本書を買った。筑摩書房の文庫版もあるが、ざっと比べてみて、私には渡辺訳が読みやすかった。もうひとつ入手できるものとして、岩波文庫版がある。これはせっかく購入したのに、ちんぷんかんぷんで読み通せなかった。なお画像は、またたびで遡創造を味わう猫である。

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