『逝きし世の面影』を読んで新元号ととく。

江戸後期から幕末日本の見方をガラリと変える書である。目から鱗の鮮やかな論考は、幕末から明治にかけて来日した外国人の「日本体験記」「旅行記」を丹念に調べ上げた所産であり、著者渡辺京二氏の「在野から」の常識に濁らない目線ゆえに産まれた。

本書『逝きし世の面影』を読むと、さまざまな鱗がストンと落とされる。江戸期の人々の性格や態度、暮らしに宿る美意識、礼節の奥にある和、あっけらかんとした性、子供たちが伸び伸び暮らせる家、生類に宿る神様…。一貫しているのは、江戸期の人々の愉快さである。「この民族は笑い上戸で心の底まで陽気」なのである。

ところが単に陽気なのではない。その奥には一種の諦念、ニヒリズムが宿る。どうせこの世に生まれたなら、楽しまにゃ損損……というものだ。その例をひとつ挙げてみよう。「仕事」である。

江戸期の人々の暮らしというと、われわれは城下町で重税が課され、農村では搾取しつくされ、食うや食わずで一揆を…というイメージがあるが、渡辺氏の描く日本人の実相はちがう。農作業や建築作業、あるいは船を操り、籠をかきと、肉体的にくたくたになる労苦がそこあっても、どの人も笑顔があり、声があり、冗談を言い合い笑い合い、幸せであった。第8章『労働と体』から引用しよう。

概して人々は生活のできる範囲で働き、生活を楽しむためのみに生きていたのを見ている。労働それ自体が、もっとも純粋で激しい情熱を掻き立てる楽しみとなっていた。そこで、職人は自分のつくるものに情熱を傾けた。彼らには、その仕事にどのくらいの日数を要したかは問題ではない。彼らがその作品い賞品価値を与えたときではなくーーそのようなことはほとんど気にもとめていないーーかなり満足できる程度に完成したときに、やっとその仕事から解放されるのである。

明治初期に来日した生物学者のモースは、建築現場で材木を巻き上げるとき、地面をならすとき、重い物を運搬するとき、唄が歌われるのを聞いた。それは仕事を単なる労役にせずに喜びに転化する姿であった。そこには能率や効率を重視する近代的な観念はなく、唄を歌うことで、労役を精神的に自由な自己活動にまで高めるのだ。

本書で描かれる江戸職人はそんな情熱と楽しみを持っている。

指物師、家具職人、大工、草鞋職人、煙管職人など、江戸の職人たちは幸せである。暮らしを維持する範囲で働き、休み、遊び、また働き…と、今のわれわれから見れば、気まま勝手放題だが、それが江戸時代は庶民に隅々まで行き渡っていた。それを消滅させたのが工業化社会である。英国人のカーライルは既に1843年刊の『過去と現在』でこう書いている。

産業革命がもたらした荒廃について、「それはおそらく人間生活のなかで、もっとも野蛮な地方においてさえ見られなかったほどのひどい光景である」

現代に目を向けよう。近年フランスあたりから「脱成長」という言葉が広まってきたが、経済成長だけでは人は幸せにならないことを、ようやく口に出せるようになってきた。みんなわかっていたのだが、成長主義や効率主義に異を唱えるのは変人であり、言えなかった。だがコストやスピードだけが物差しの成長主義の果てで、職人技は絶え、日本全国にあった職人町も消えた。地縁血縁も地域共同体も破壊された。今は独立してもなかなか成功できない。フリーランスは生きづらい。こんな世の中で幸せなのだろうか?

価値観を転換しようという機運は、そこかしこにある。だが生まれては摘まれ、生まれては摘まれ……である。そして今の閉塞社会である。ひとつ提案をしたい。新元号を日本再生のカギにしたらどうだろうか。

江戸」とするのだ。江戸元年、江戸2年、江戸3年……と続く。

天皇交代でいちいち変えるのも面倒なので、いっそ300年くらい「新江戸時代」を続ける。江戸に学び直して、幸福を考え直したい。そのとき、「人間回復の書」である本書を多くの人が読むべきだ。なぜこういう歴史教育がなされないのだろうか。ここに脱•少子高齢化のカギがあるような気がしてならない。

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