最高のもてなしというプレー

真のプロは気持ちのいいものである。プレーや舞台を見ても、技に触れても、言葉を聞き、振る舞いを見ても、気持ちがいい。ベースにあるのは心。それは一流の条件でもある。

真のプロかそうでないかは、「受け答え」からも見えてくる。スポーツの試合後のコメントが「がんばりました」だけの紋切り型ではつまらない。「チームのみんなが助けてくれました」という謙虚一本やりでもホンマかいなと思ってしまう。ホンネというか、その人間性というか、そういうのが感じられるとファンはうれしい。一時期、Jリーグで選手に受け答え教育をしたらしいけれど、言葉だけの付け焼き刃教育でよくなるものでもない。

言葉とプレースタイルはつながっている。

たとえばサッカー代表の長谷部選手の優等生コメントや、本田選手の反骨ぶりの放言、香川選手の頼りなさげな受け答え(笑)を聞くだけでそれはよくわかる。外国の選手でもレアル・マドリードのジダン元監督のコメントは、思慮深い上に揺るぎない突進力を感じる。天才イブラヒモビッチのいかなるジョークも、単なる虚言ではなく有言実行があるからおもしろい。

言葉や振る舞いもプレーのうち、なのである。どんなスポーツでも、アートでも、音楽でも、職人芸でも、真のプロは技と姿勢と言葉で人を楽しませる。

最近マイブームの将棋でいえば、佐藤天彦名人がいい。振る舞いというか、いでたちというか、ヘアスタイルというか、言葉というか、とにかく個性があるし、しかも棋士らしい落ち着きもある。まなざしには思考の挑戦がキラっとしているので、なんだか好きです。

ところが競争だけを競技目標にして齢を重ねる選手は、自分が勝つことがNo.1で、ファンサービスなんて二の次三の次である。対人表現力がつかず、顧客目線が育たないせいで、「冷たい」「そっけない」と言われ、孤高になりがちである。いずれマナー違反や法律違反をとがめられたり、成績下降という形で間違いなく報いが来る。

ちょうどゴルフの片山晋呉プロのマナー違反がとがめられているが、ゴルフといえば僕は一度だけ、プロのラウンドでギャラリーで歩いたことがある。カリフォルニアで開催されたシニアの試合で、確か日本人プロの青木選手だったと思う。選手について歩いた。もちろん試合中だから「もてなし」はないわけだが、それがあった。

もの凄い「音」を聴いた。

ドライバーでビシっと打った時の打撃音の凄さ。飛翔するボールのうなりは小型ロケットか。プロは素人とまったく違った。あの音で十分もてなされた。プロゆえにもてなせる技がある。それを見せればファンは喜ぶ。

だが喜ばれて終わりではだめだ。ここからが肝要である。どうしたらプロに近づけるか、あの弾に近づけるか、アドバイスを一言を授ける。手を添えてコツを教えてあげる。そのシーンは一生心に残る。これが真のファンサービスである。これが片山プロに欠けていたことだ。ファンと近い距離になれる機会こそ、その最大のチャンス。その時こそ最高のもてなしというプレーをすべきである。

五月晴れに寝子

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