ユージン•スミス 楽園への歩みを読んで。

5月中旬、水俣病原因企業チッソの子会社の社長が、水俣病犠牲者慰霊式の後に「救済は終わっている」と発言して、被害者の抗議を受けた。発言は撤回されたのだが、そのとき、ひとりの写真家がいたな、とぼんやり思い出した。

ユージン•スミス(William Eugene Smith)である。水俣病を追った彼のフォトは世界を涙させた。あまり詳しく知らなかったので、伝記を読んでみた。『ユージン•スミス 楽園への歩み』(土方正志著 偕成社)である。

彼は生粋のクリエイターであった。写真家をめざした母が持っていた機材を使い出し、やがて自分の使命を「あるがままの生をとらえることだ」と確信した。だが撮った写真の「使われ方」に満足できず、もっと「撮れる」はずだと、編集者と衝突しては所属を次々に捨てる。だから貧乏である。従軍カメラマンとして太平洋戦争を撮り、沖縄を撮っているうちに砲弾を受けて負傷して帰国する。後遺症に苦しむ中で撮った、我が子たちの一枚「楽園へのあゆみ」が世界的評価を得る。

それから「人々の実相」を撮るようになった。彼の撮り方にはひざを打ってしまった。

日立製作所の依頼で日立のPR写真を撮る仕事で雇われ、来日すると、まず日本を知らなければ撮れないと、資料をあさるわ、歩き回るわ、レコード買うわ、歌舞伎を観るわ人形浄瑠璃を観るわ、日本をしゃぶりつくすのである。ようやく撮りだしたのが2ヶ月後だったという。

撮られるものを知る者が撮るから、被写体と距離が縮まる。被写体がどう撮ってくれと話しかけてくる。だから実相、本質が撮れるのである。

彼は同じことを水俣でもした。3年も水俣に住み込み、その病気のことだけではなく、そこで暮らす人々の人生を知った。思いを知った。嘆き、苦しみを感じた。だから母と娘の入浴する写真が撮れた。その写真のシャッターの回数は4回か5回だけだったという。こちらから引用(Tomoko in Her Bath, Minamata, Japan

Direct capture

 

これは文章作法と同じである。不肖、僕自身もひとつのインタビューを書く上で、その人自身のことはもちろん、その恩師やら関係者やら、背景の歴史やら技術やらなんやらと調べまくる。「不要だろう」と思われることも読もうとする。締め切りがあるので無際限にはできないが、たとえ一行も書かなくても本を読む。そうしなければ良いものは書けないからだ。だからユージンの姿勢に完全同意する。

おまけだが、ユージンは本書でいいことを言っている。

ほんとうの人間は、その立場を踏み切って渡ってくる。自分の立場を踏み切ったときにその個人もまた相手に人間として認められるんだ。

彼はチッソ本社を訪問したときデモ隊と一緒に排除され、殴られて、カメラも破壊された。だが彼らは「社員という立場」があるからそうしているだけで、彼らも人間であるという。ただし、こちらに来れば、である。こちらとはどこだろう?こちらとは、たとえば水俣のこの写真を見て、何かできないかと思い、何かする人のことである。

ところが昨今、日本の官庁も、政府も、大学も、立場にすがって人間になれない人ばかりになってしまった。彼らを撮っても良い写真にはならない。本書は中学生向けくらいの本だが、優れた良書である。

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