Something fight for

その生命科学分野の研究者は、自らを元気付けるために繰り返し観るビデオが2本ある。そのうちの1本がこれだ。

沢木耕太郎の映像ノンフィクション『奪還』は、伝説的なボクサージョージ•フォアマンが「粉々に砕け散った自我」を取り戻すまでの足跡、いや拳跡を追った作品である。沢木のスポーツノンフィクションはことごとく読んでいるはずだが、これはちょうどぼくがアメリカにいる頃に放送されて観ていなかった。1974年10月、ザイールのキンシャサで行われたモハメド•アリ Vs. フォアマンの試合はテレビで観た。圧倒的なフォアマンのパンチの前に防戦一方だったアリが、文字通り蜂の一撃でフォアマンをリングに沈めた。衝撃的だったが、その背景にあることはこのビデオを観るまで多くを知らなかった。

フォアマンのカムバックを追いだした沢木は、その初めての敗戦のことをフォアマンに訊いた。彼はこう答えた。

「アリは私の自我を粉砕した。私は前とすっかり違う人間になったような気がした」

沢木は重ねて尋ねた。アリはなぜあなたの殺人的なパンチを無数に浴びながら倒れなかったのか?フォアマンは答えた。

「モハメド•アリには闘う目的があった。(Mohamed Ali had something fight for. )持久力、スタミナがあった。闘う目的があれば、人はどんな苦しみにも耐えらえる。アリは当時私にはない何かを持っていた。彼には、死んでもいいというだけの理由があったのだ」

ファオマンの言う通り、アリは「自分が負けることは、全世界の虐げられた人が負けるのと同じことであり、絶対に負けるわけにはいかなかったのだ」とのちに語った。

アリとの試合後、フォアマンの「漂流」が始まる。アリ戦から1年半後にリングに戻り、なんとか勝ち続けるのだが、1977年3月にJimmy YoungにKO負けする。その試合後の控え室で脱水症状で瀕死となり、朦朧とする中で見たのが「神」だった。神の降臨する体験後、彼は牧師になって教会をつくり、教えを授けるようになった。ボクサーにカムバックしたのは10年後、38才。「金のためさ」と笑って答えるフォアマンだが、違う。まだ終わっていなかったのだ。43才になる直前にホリーフィールドに負けるが、その2年後、世界王者マイケル・モーラーとのタイトルマッチが組まれた。45才と299日で、当時26才の若者と戦う。

その試合前のイベントにモハメド•アリが現れる。当時はすでにパーキンソン病が悪化し、震える手でファンにサインをする伝説の男に、沢木がフォアマンは勝つか?と訊いた。答えはひと言ー

オールドマン。

だがオールドマンと言われたフォアマンの体は、試合前日の計量で脱ぐと、あたかもライザップに通ったように引き締まっていた(動画には同社の広告がたびたび出た)。試合開始、予想通りモーラーの強打の前にフォアマンは防戦一方だ。だがどれだけパンチを浴びても倒れない。こらえて耐え抜いた。倒れなかった。そして第10ラウンド、スタミナ切れで一瞬止まったモーラーの顎を殴りつけた。マットに大の字になったモーラーの10カウント後、フォアマンはリング上で神に感謝した。

フォアマンは闘う目的を持っていた。粉々にされた自我をつなぎあわせることだ。リングでの借りをリングで返した後、フォアマンは4試合を行い、48才316日の試合後に引退した。

素晴らしい作品である。考えたのは「目的とはなんだろう」である。

沢木は目的とは「壮大な精神の虚構」だという。ようするにウソである。自分を奮い立たせるために組み上げる足場、登るために立てかけるハシゴ、降りてきてくれ!と祈ってつかむロープ。蜃気楼、絵空事なのである。常識的な人はでっかくできない、いや、しちゃいけないと親や先生からいわれてやめてしまう。オカシナ人だけがやろうとすることだ。

それが何かうまく表現できなくても、そこにいく理由が説明しきれなくても、自分が信じるSomething fight forさえあればいい。ただ虚構ではあるが、ウソをマコトにしていくことが重要である。それは「現実化」である。たとえばフォアマンが誰にも見られないように、ドレッシングルームの奥で基礎トレーニングをしてボクサーの体を作ったように、地道な積み重ね、試行錯誤、堂々巡り、そしていずれやってくる突破口へー

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