『IBM 奇跡の“ワトソン”プロジェクト』で広がるもの

『IBM 奇跡の“ワトソン”プロジェクト』は、2007年からおよそ4年をかけて、2011年にクイズ番組「ジョパディ」でチャンピオンを倒したIBMの人工知能マシン、ワトソンの開発物語である。技術レベルは今から10年前ということになるから、日進月歩のIT世界ではもう古典SFと言われるかもしれないが、いやいやそんなことはない。ワトソンの今(医療分野等への活用等)への理解にも通じるし、AIの本質にも触れることができる。何よりAIの解説書にはないおもしろさがある。本書は次の一行に要約される。

人間とマシンの知能の将来はどうなるのか。ワトソンの成長発達の過程は、それを垣間見させてくれる。

チェスや将棋という勝負はひたすら先の手を読み、展開を検証していく作業であるから、人工知能にとってはミッションクリティカルで早期に実現された。だが膨大な「知識」で勝負するクイズではどうか。知識はさまざまなかたちや用途があり、しかも世界に開いているし、現在過去未来もある。本書では知識とは三つに分類されると書く。

知識というものの本質に秘密が隠されている。それは何か。人間にとって知識は全宇宙と同義だ。感覚、記憶、欲望、事実、技能、唱歌、心象、言葉、希望、恐怖、後悔、愛情……そのすべてが知識だ。だが知的マシンの組み立てをもくろむ人々にとっては、知識はもっと単純なものでなければならない。大まかに言って、知識は三つに分類される。知覚、記号、そして概念だ。

青という色をコンピュータは記号(数字)で知覚する。では空はどうか。空には青い、曇った、広がった、天の上などの「言及」を探して理解しようとする。ここまではこれまでのコンピュータはできるが、「友情は翼を持たない愛」というバイロン卿の詩の断片は、知識の三番目の「概念」である。ワトソンが格闘した相手はこれだ。

というのも、クイズ「ジョパディ」では、出題が「…である」という平叙文で出され、その答えを「…とは何(誰)ですか」と疑問文で返す。「眺望または見解を表す4文字の言葉です」の質問文に対して「Viewとは何ですか」が答えである。この平叙文が曲者でとっつきにくい。もちろんコンピュータにもとっつきにくい。

だが今の時代はテキストに黄金がある。ブログやSNSやチャットなど、デジタルデータの山がある。かつてエキスパートシステムや決定木で処理されていたが、AI時代では自分で学習し(ディープラーニング)、さらに自律的な知能を獲得していく。そこでは言葉の扱いがポイントになる。ところがワトソンは「4文字は何か?」と聞かれて「Fuckとは何ですか」と答えてスタジオを凍らせた。おばかなワトソンが痛快である。本書はAIに興味なくても必読書である。とてもおもしろい。おそらくIBMからの依頼で同時進行で執筆したのだろうが、決して提灯記事本にはなっておらず、ジャーナリストの著者らしく大きな視点で見ているところも好感が持てた。

さて本の紹介はここまで。自分のテーマにも広がりが出てきた。AIを医療にあてはめたらどうだろう。たとえばCTやMRIの画像診断を例にとろう。

腫瘍はかんたんにマーキングできる。腫瘍に関するたくさんの画像データと突き合わせれば、腫瘍の発見だけでなく、腫瘍の成長や手術の成功確率もわかり、手術適応が判断がつき、手術計画も立てられるだろう。術後管理も予後も予想ができるかもしれない。論文と紐づければより新しい有効な治療手段も推奨できるし、もちろん医師ごとの手術成功率も予想がつく。ここまでできるだけですごいことになる。

だが「患者の全身」を含めたら、もっとおもしろくなる。腫瘍をとりまくその人の体には既往症や体質、生活習慣などがある。内科医はそれらを見ている。さらに未病として遺伝子検査でしかわからない発病もある。ただ費用のアテ、AIに仕事を奪われる医療者の拒否をどうするかは問題だし、業界ないし国のプロジェクトになりそうだ。

さらに患者の「生きる希望」とか「死ぬ自由」ときたらどうだろう。「家族の気持ち」とか「応召義務」(治療を拒んではならない)はどうなのか。もちろん誤診や訴訟という問題もある。そこはAI外だろうか?

結局は「医療(人)+社会ニーズ+患者」というサンドイッチである。病院や医師と患者を接続するのは社会ニーズである。メリットがなければならない。AIはどのあたりから入るのだろうか。

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