対決する幸福

闘う男、星野仙一が逝った。じん、とくるものがあった。彼は今、失われつつある大切なことを教えてくれたのだ。

それは「対決」である。星野は巨人、とりわけ王と長嶋と戦った。ドラフトで使命されず「なにくそ!」がきっかけだったというが、対巨人戦に燃える男だった。一番でっかい相手に勝とうとしたのだろう。先発だったが、中継ぎも救援もして、とにかくいつも投げていた印象がある。星野の盟友の王は世界一に向かって戦い、長嶋は野球を変えるために戦った。星野が主戦の1970年代には闘う野球があった。

そのあとの時代、80年代を作った投手に江川卓がいた。彼は巨人に入りたくて1年も2年も浪人した。空白の1日と言われたあざといやりかたで巨人と契約した。入団すると初年から素晴らしいピッチングをした。クレバーで度胸もある投手だったが、彼の投げる野球中継のテレビを観ながら、父がぽつりと評した言葉がなぜか忘れられない。

「すでに完成されているな」

プロに入った時から完成されていた。だからつまらない、と言った。彼には挫折したり、苦闘したり、這い上がる伸びシロがなかった。高校、大学を通じてエリートだった。いやそうだろうか。実は彼も闘っていたのだ。ただそれは「巨人に入るために」闘っていたように見える。闘う相手は同じでも、星野のそれとはずいぶん違うのである。

余談だが江川投手が巨人でコーチや監督ができないのは、入団にまつわるインチキがあるからというのがもっぱらであるが、むしろ彼には「野球での対決」のイメージがないからではないだろうか。

何と対決するか、それこそ人生の一大問題である。

野球界で言えば、野茂英雄は日本のプロ野球と対峙してアメリカに渡り、日本の投手というレッテルと対決した。イチローはメジャーで世界一になる対決をした。大谷翔平は二刀流という前人未到と対決している。でっかい対決相手を見つけられたからこそ、その才能と努力が開いたと言えるだろう。

経済界で言えば、その対決のピークは60年代、70年代だった。敗戦国日本が経済力で世界に復讐する時代の底には、屈折がありナニクソがあり、だからこそ飛躍があった。どうも僕は自分が金儲け下手なせいで、企業の対決には迫ってくるものがないけれども、孫正義の屈折力は凄いし、ユニクロの柳井正の切れ味も凄い。ニトリの似鳥昭雄の人間力も凄い。彼ら偉人に限らず、対決している人は多い。

僕が書く医師はどうか。医師には対決がある。外科なら手技との対決、内科なら診断との対決、研究には病の原因との対決がある。何よりも医師には患者という対決相手がいる。だから燃えることができる。対決する相手があれば、分厚い壁であれ高いハードルであれ踏ん張れないヌカルミであれ、対決する幸福があるのだ。

僕も「書くこと」を探してさまよっていた。それは書くべきテーマ、対決したい相手を探して探して探して、見つからない旅だった。だから一度書くことをやめた。ひょんなことから書き出したが、それからも長らく自分との戦いースキルを得るとか、コンプレックスを克服するとかーが続いた。具体的な「何か」との戦いが見えなかった。

でも今は少しずつ見えてきた。それは「対決する人」を書くことである。

対決できない人もテーマである。「相手が見つからない」という自分との対決は、古今東西、いつの時代でも繰り返されてきたことだ。それもテーマになる。社会で戦えない心弱き人にも葛藤という対決が心の中にある。それもテーマなる。

対決という視点を持つことで、どうやら書けるようである。今年はイケそうだ。

直売処で買った100円の大根。美味しい大根を作ることも、大きな対決である。

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