超一流になるのは才能か努力か?答えは…

「心的イメージと限界的練習」が仕事を良くし、努力の質をあげ、才能を開かせる。『超一流になるのは才能か努力か』(アンダース•エリクソン著 文芸春秋)のテーマは「いかに能力をあげるか」である。今日は本書の紹介である。

人はなぜ一流を成し遂げることができるのか?それは持って生まれた才能ではなく、「努力を通じて才能を伸ばせる」からである。筆者は「才能を身につける能力こそが才能である」という。そこでは「心的イメージと限界的練習」が鍵を握る。

まず心的イメージとは何か。

本書にはチェスの例がある。チェスマスターは全体と局面を同時に見て、どうすれば勝てるか瞬時で判断できる。それは脳内に蓄積した何千パターンがあって、それを引き出してあらゆる可能性をイメージするからだ。一方、普通のプレーヤーは局面の何手か先を推理するだけである。チェスマスターは「森」を見ることができると同時に、必要に応じて「木」に照準を合わせることができる。私なりにまとめれば、「全体を見渡して構造化する目や思考力」「集中すべき細部を見抜く力」「どう実践すればいいか答えを引き出す力」が心的イメージを形成していると言えるだろう。

では限界的練習とは何か。ただ愚直に練習するのではなく、第一に「目標を持つこと」、第二に「目標達成のために必要な練習をすること」であるという。

例えばランダムな数字の記憶(たとえば89472396003768…)が課題であるとしよう。「50桁まで覚える」のが目標である。最初は7桁を超えられない。次は10桁でつまずく。やっていると「数字のグループ分け」や「速度を上げる」と効果があると気づく。そこでグループ分けや速度可変で練習する。第三には「フィードバック」であり、できたら褒める、できなければ励ます。第四に、壁に突き当たったら「やり方を変える」。記号化するとか語呂合わせするとかだ。第五に「高い負荷をかける」、とにかく漫然とやっていては上達しないという。

心的イメージを持つことがパフォーマンスを上げ、それは限界的練習で形成されるという。もうひとつ具体例がほしいと思って読み進めると、「質の高い文を書くテクニック」というのがあった。

文の下手な人は「書きたいことをあげて、出し切ったと思ったら書いていく」これはよくあることで、だらだらとしたつまらない訓話である。では質の高い文ではどうすればいいか。本書のテーマは「能力を上げる」ことだ。本書の執筆は、編集者と相談して次のような思考で書こうとしたという。

1)高度な能力について読者が学んでほしいことは何か
2)読者に伝えるべき重要な概念、考え方は何か
3)トレーニングや可能性に対する読者の考え方を変えるにはどうすればいいか

心的イメージを持つこと、持つために限界的練習をすること、やれば変わると説得すること、このように本書の構成を決めた。なるほどというのは次のくだりである。

下手な文は「知識口述型」であり、プロの文は「知識変化型」、執筆の過程で当初書き手が抱いていた知識が変化したり、新たな知識が追加されて良い文になっていく。

これができるときは、執筆者に文の全体像があり、貫くテーマが見えており、多面的に考える自由もあるので、書き進むと「言葉が降りてくる」。良書である。いずれ私なりの限界的文章トレーニング術もまとめてみたい。

身体的イメージは回復傾向にあります…(口内炎でしゃべれなくなるのは初めてでした)

 

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