Kazuo Ishiguroのノーベル賞スピーチ

Kazuo Ishiguro氏のノーベル賞スピーチを聴いた。ノーベル賞とは世界中の人にとって価値ありという基準で選ばれるものだと思うが、彼はまさにそれである。

長いけれども(40数分)、文を書く人、これから書く人は必聴である。英語が分からなくても、シンプルで美しい英語で語られているので分かりやすいので勉強せよ。もちろん、英語のテキストもサイトにある。

さて、彼のスピーチはまるで小説の書き出しのように始まる。

「もしもあなたが1979年秋の僕に出くわしたとしたら、彼がどんな人なのか、社会的にも人種的にもレッテルを貼るのはむずかしいかもしれない」「その時私は24才で、日本人には見えても、当時英国にいた日本人一般とはかけ離れていた」「肩まで髪を伸ばし、ヒゲを垂らした、当時でも時代錯誤なヒッピーの姿で、南部アクセントで英語を話した」

大学には週2回ほど適当に行くだけ。Buxton, Norfolkの田舎町のアパートでひとり、小説を書き出した。題材を探していた。最初の2本は自殺と暴動がテーマだった。イマイチだったわけだが、ずっと書き続けた数週間後にテーマが降りてきた。

それは長崎だった。彼が5歳まで暮らした長崎である。『A Pale View of Hills 』を読んでいないので中身は書けないが、英国人と結婚した女性が原爆や戦争のことを回想する物語だそうだ。そこには記憶というテーマがある。忘れるべきか、語るべきか。真実なのか、空想なのか。コントラディクション、相反するもの、というようなものだった。処女作を書く数ヶ月で彼の生涯のテーマが決まった。

親の仕事の都合で、5歳で英国に来た彼は異邦人であった。よく言われるように日本語は話せないらしいが、5歳までに刷り込まれた文化は人を決定する。だから長崎が出て来たのだろう。だが記憶はあいまいで、誰かに聴いて埋めてゆく必要があった。それで記憶というものと対峙することになった。執事が語る『The remains of the day』もそういう物語なのだろう。この作品も最初はイマイチだったらしいが、書いているときに聴いたTom Waitsの歌で吹っ切れたそうだ。語る登場人物の執事に、文化の壁と突き破らせればいいのだと思った。自分は世界に通じる物語を書くのだと思えた。

要するにテーマとは小さな自分のことである。だが自分に正しく向き合うならば、それは世界中の誰かに通じる。物語のようなスピーチはメッセージで終わる。バリアを壊せ!日本人、英国、EU、なんて壁をつくるな!文学にはその力がある、と。だがスピーチの要約はざっくりなので、ぜひ自分で聴いてほしい。

さて、若い頃の私は彼と似ていた。書くテーマをずっと探していた。見つけに行くために海外に放浪までした。だがそれは降りてこなかった。だから書けなくなった。だが「探す」のではなく「そこにあるものを見る」とすればよかったのだ。今考えると、それはすでにあるような気がする。孤独、隔離、逃亡、満たされない愛。ふと降りてきたのは、あるいじめられた少女である。彼女の気持ち、いじめる側の気持ち、学校社会や世間を描くことができれば、それは自分と人、社会との分断や孤独、救済につながるような気がした。もう一つは、どう関連するか説明するのがむつかしいが、野口英世を書きたい。劣等、奔放、日本脱出、救済。彼は大きなコントラディクションを背負って生きた。彼が本当に闘ったものを書きたい。

とここまで思ったところで、もう少し長生きしたいと思った。あと15年か20年、ましな文を書けるようになれるまで生きるか。まだまだテーマの周りを歩いているぞ。一歩ずつ中へ入れ。

最後に、何を隠そう私はIshiguro氏の本を一冊も読んだことがない。どうもすみません、読ませていただきます。もちろん英語で、それが彼のひとつの願い(文化バリアを壊せ!)でもある。素晴らしいスピーチ、どうもありがとうございました。

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