土俵に塩を撒く理由

土俵に邪気あり、祓いなさい。

ケンカも火事も野次馬が一番、当事者になるとロクなことはない。相撲の横綱日馬富士らが起こしたケンカは対岸の火事、江戸見物気分であったが、ようやく記事らしい記事、取材らしい取材がアエラからでて、一件落着のようである。アッパレの見識と姿勢は、殴られた弟子の親方貴乃花ただ一人だった。

あのケンカの場にいた力士たちは皆基本を忘れている。基本とは土俵にある。土俵にまく塩にある。

なぜ相撲は始まったか。五穀豊穣、豊漁を占う祭りからである。神様への祈りである。相撲で土俵上の邪気を祓うために塩をまくのは、村が続くように土地や海の安全を願い、塩=消毒であるゆえ、村人の健康を願うのである。その神事の行事でケンカをするとは何事か。彼らには神罰が下るだろう。土俵を穢したのであるから出場停止は当然、社会奉仕は当たり前である。お詫びに小中学校の相撲部周りをして、神聖な相撲道の普及に勤められよ。

と、偉そうなことは外野席だから言える。マア私もずいぶんと土俵を穢してきた。ひょろい私が相撲をするわけではなく、土俵とは人生である。完遂できなかった仕事、勉強が足りなかった受験と大学。空気が悪い実家や兄弟関係。壊れた元の家庭。知人友人恋人の心もたいそう穢してきた。私はかなり変人である。アウトローである。頑なで、まっすぐでない。私なりには一生懸命にやったと思っても、そうなっていない、そうならないもどかしさがある。せめて土俵際で人のために働こう。塩をまいては神聖な気持ちになって、やがて土俵から落ちれればいい。

マイヒーロー、白洲次郎氏は去る時にテレビで相撲を観ていて、「相撲は千秋楽、僕も千秋楽」と言って病院に運ばれたという。さすがである。とてもああはなれないが、私も千秋楽を出来るだけ淡麗に迎えられるよう、今日も明日も明後日も、キーボードの打刻一つ一つをおろそかにせずに頑張ります。

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