何のために書くか。

医師の物語(ドクターの肖像)がなかなか書けなくてつらくなるとき、ひとつ思うことがある。どれだけの人が信じてくれるかわからないが…

お金(原稿料)のためでなく、発行元のためでもなく、編集長のためでもなく、ただこの医師のためなら書ける、この人のためなら書ける。

本当にそう思えるようになってきた。まあなかなか原稿料も上がらないし(笑)仕事も増えるようで増えないし、いい年になってきたから、命全体が淡白になってきたのだろう。

思いおこせば10年前、ビジネス連載をネットや雑誌に書き出した頃は功名心がいっぱいあった。食いつきの良いテーマを探し、読者に寄りかかって書き、めいっぱい「いいね」をもらおう、そんな気持ちが充溢していた。だから話題や原稿と戦っていた。戦いだから自分を守ろうとしていた。だからPV(ページビュー)が上がらないとつらかったし、批判にもめげた。だから書くのが楽しくなくなった。

今はその時よりは成長した。勝ち負けはあるけれど、PVのごとき浮いた世評ではない。書く相手の医師との勝ち負けである。いや勝ち負けではなく、書かせて頂く中での魂と魂のぶつかり合いのパチパチである。火花が多ければその文はその医師を超えて公に力を持つ。少なければ湿ったしょぼい花火になる。ベンを剣に持ち替えて一刀斎の一刀流の気合で書いている。とりわけ今回の文は、公のために尽くす人だったのでその思いが強い。けっこう良いものが書けた。

ふと同業のライター職の方々は何のために書いているのだろうと思う。

そういえば不倫をテーマにするライターの本を手にしたが、読めるシロモノではなかった。浅くてつまらない。不倫はものすごく書けるテーマなのに、しかもそれを看板にしている方なのにもったいない。経験者である私の方がよっぽど書けるぞ。

しかし書くということでは私は不倫していないので。

寒くなってきたね…ぶるる。

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