愛するということ(4)

 愛は本質的には、意志に基づいた行為であるべきだ。すなわち、自分の全人生を相手の人生に賭けようという決断の行為であるべきだ。(エーリッヒ•フロム『愛するということ』)

 愛するとは届けあうことである。

 情熱を傾けるなにかをもち、そのまわりで日々を生きて、熱意をもって精進し、技術を高め、人に届けようとすることである。その姿こそ愛するということである。

 その人は全身全霊をこめてそれをしている。成し遂げようとする姿がある。成し遂げようとする意思がある。だから人びとにそれが届く。私の心にもそれが届いた。

 その人が成し遂げたものは愛することである。だからその人は美しい。私はその人を愛する。夜であっても昼であっても、どんなに苦しい日もどんなに楽しい日も、近づいたときも離れたときも、1秒後も100年後も、どんなことがあろうとも変わらず、この人を愛する。

 愛するために私も精進する。届かせるために私を磨く。夜空の星のように瞬き続け、昼空の太陽のように熱くあり続けたい。永遠に届けあうために。

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