終戦記念日に、愛を。

72回目を迎えた終戦の日に、なぜ自分が戦争反対かを考えた。

父は少年兵として招集に応じたが、すんでのところで終戦を迎えた。母はお金持ちの家だったのでバターが山ほどあって飢えなかった。子供の頃はよく戦争のプラモを作り、「第二次世界大戦ブックス」を耽読していた。そこには誓って賛美もなくしかし反対もなかった。小学校の社会科の先生が、電柱の地中化の必要性を説いていた。戦時に飛行機が電線に絡まず滑走できるようにだという。それは変だと思った。

ジョン•レノンの歌も、ピカソの絵も、原爆ドームもぼくの反戦ムードを高めるものであった。だがいずれも決定的なものではない。それを探そうと思って、ふと手元の島尾ミホの著書「海辺の生と死」が目に入った。この本の最後の章『その夜』は、奄美群島の加計呂麻島での、壮絶で崇高な純粋な愛の叫びである。 

終戦の前々日、8月13日から14日の夜の出来事である。ミホは家で島尾隊長を待っていた。ところが現れたのは伝令である。彼は「隊長が征かれます」と叫び、大声で泣きだした。「隊長!隊長!隊長!」と慟哭した。特攻隊の出動命令である。ミホは伝令に短い手紙を渡した。

お目にかからせて下さい
お目にかからせて下さい
なんとかお目にかからせて下さい
決して取り乱したり致しません

そして裸になり井戸の水で身を清めていると、空に大きな閃光を見た。何かの兆しなのかそれとも空襲なのか。紅を唇に塗り、死装束を着て、山の小屋に疎開している父宛てに遺書を書いた。外で「自決の時がきましたー」という悲しみで張り裂けそうな声が聞こえた。全員の自決の時がきたのだ。ミホは島尾隊長と会うために家を出た。

ガジマルの木の下には化け物のケンムンが出ると言われる。暗闇の中、その木の下に光るものがあるではないか。ミホは短剣を出して真ん中を突いた。それは星に照らされた蜘蛛の巣だった。

それから海岸沿いを走り、時にはいつくばり、息を殺して匍匐前進し、北の門に着いた。隊長様は、飛行帽に飛行服、白いマフラー、半長靴の搭乗姿だった。にこにこと笑っていた。「演習ですよ」と言うのだ。ひざまずくミホを立たせようとした時、二人はよろめき、いやしっかりと抱き合った。抱かれながら心でこう叫んだ。

放したくない、放したくない
御国の為でも、天皇陛下の御為でも
この人を失いたくない
今はもうなんにもわからない
この人を死なせるのはいや
私はいや、いやいやいやいやいや
隊長さま!死なないでください
嗚呼! 戦争はいや
戦争はいや

この本の価値はミホのこの詩にある。あらゆる戦争を否定する言葉の力がある。

ぼくがなぜ戦争に絶対反対なのかわかった。それは常に愛する人びとを引き裂くものだからだ。国が勝つってなんだ?負けるってなんなんだよ。国の勝ちでも負けでも、いつも愛を引き裂かれた、名も無い人々が負けるのである。

愛する者を引き裂くものは、国と国の戦争だけではない。愛し合えない、わかりあえないという嘆き、人の心と心の戦いもある。どうしたものか人は人を傷つけるものだ。ぼくも人を傷つけたこともある。傷つけられたこともある。だから愛するということを大切にしなければならない。見初めた人を決して諦めない、決して離れまいと誓うがよい。人を愛することは誰も何も殺さないことだ。動物も昆虫も植物も命あるものと近くに思えてくる。猫も大事にできる。愛するとはひとりぼっちではないという孤独の終戦でもある。

どんなことが起きても、ぼくは君の味方、君はぼくの味方だ。いいか。

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