恋唄

茨木のり子さんの詩集『自分の感受性くらい自分で守ればかものよ』で、もうひとつ好きな詩がある。『恋唄』である。

恋唄

肉体をうしなって
あなたは一層 あなたになった
純粋の原酒(モルト)になって
いっそうわたしを酔わしめる

恋に肉体は不要なのかもしれない
けれど今 恋いわたるこのなつかしさは
肉体を通してしか
ついに得られなかったもの

どれほど多くのひとびとが
潜(くぐ)っていったことでしょう
かかる矛盾の門を
惑乱し 涙し

詩人は23才(1949年)で医師三浦安信と結婚した。写真では見るからにやさおとこであり、大阪帝大医学部卒、新潟大学の医局等を経て北里研究所付属病院で働いた進取の医師だった。夫は「物書きの道を進む妻を温かく見守る人」でもあった。1975年に死んだのでおよそ25年連れ添った。彼の死去に際して妻は虎のように泣いた。その31年後、2006年に妻は死んだ。書斎から「Y」という名の箱が見つかり、そこには夫への思いを綴った詩が収められていた。それらの詩は『歳月』と名付けた詩集で刊行され、そのうちの一編がこの恋唄である。

恋の相手が不可能な恋ほど燃え上がらせる恋はない、とこの詩の解説で高橋順子は書く。引き裂かれた恋、身分違いの恋、不倫の恋、そして死で別たれた恋。詩人茨木は恋に肉体は必要ないのでは、と書きつつも、いや肉体を通してしか得られなかったものでもあると書く。

自分の恋を思った。ぼくにとっても恋は空であり、恋は温もりである。よく空をあおぎあの人を思った。人差し指をアンテナにして空に向けた。恋の揺らぎ、恋の確信、恋の渦流が感じられた。ついでに我が肉体も電波となって恋人に向かって飛ばすと、同調周波数で空であの人に遭遇した。電波と電波でショートした(笑)だが当該電波帯の温もりは永遠である。

しかし生前に25年、死後も31年、恋をもらえた夫は幸いである。その長き、なぜ続いたのだろうか。おそらくそれは、お互いに専門を持ち、高めて、競いあえたからではないだろうか。励ましあえたからではないだろうか。なにしろ真の恋は相手の心が見えた瞬間から始まるのだから。

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