電車の祟り

昨日から電車に祟られている。

取材地に向かう電車に乗り遅れた。正確にいえば乗り換えができなかった。田舎だったもので電車が来ない。だから波動砲やワープ、タイムマシンはもちろん、「時間よ止まれ〜♬君は美しい〜」と歌いながら、あらゆる手段を用いて取材に間に合わせた。よかった。

だが取材が長引いてしまった。「ゴーさん!質問ストップ!」と無言で睨まれるまでギリギリまで質問をしたせいで、電車の発車時間が近づいた。あと10分、駅まで10分!駅までクソ熱い中走った走った…3分前に到着した。その電車の次は1時間後である。

ほっとしたらと思えば、まだ終わらない。乗った電車が土砂崩れの工事の影響で遅れた。乗り継ぎの新幹線が間に合うのか?乗り継ぎ駅に到着したらあと2分…^^;; こりゃ諦めるか…とホームに降りたら、拡声器でアナウンス。

「新幹線に乗り継ぐお客さま!急いでください!新幹線はあなたを待っています!」

えええ!待っててくれてるの!また走った…^^;; 新幹線に1分遅れで乗り込んでセーフ、実に疲れた。

ところがその翌日、すなわち今日も知人の某イベントに電車で出かけたが、乗り継いだ電車が逆方向か?とか、乗った電車を降りて駅に戻って別の線に乗り直したとか…ずっと電車に祟られている。しかし昨日も今日もなんとか家にたどり着いているのは、日本の電車が便利で、時間が正確だからこそだ。

そこで改めて思った。我々は時間厳守の社会に生きていると。

時間厳守社会は良い面がある。遅刻に厳格なのは規律正しいし、生産性や効率を重視するから経済活動にプラスがある。一方悪い面もある。早く早くとギスギスして、せっかちになる、時間を守るためのサービスコストがかかるし、その裏には人の努力という見えないコストもかかる。

電車は日本社会の縮図である。それに翻弄される我が輩はやっぱり社会に翻弄される宿命なのであろう。

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