生きることの質:よど号ハイジャックの話より

死の巡り合わせなのか、良い本に出会いました。

日野原重明氏が亡くなったと伝えられた日、彼が遭遇したよど号ハイジャック事件の記事をネットで読んだ。ほぉっと思って読み出したのが『生きることの質』である。本の感想はあとでまとめるとして、今夜はハイジャック事件について少し。

1970年3月、羽田から九州に向かった飛行機を連合赤軍がハイジャックをした。北朝鮮に向かえと指示された。日本内科学会があったため、機中には内科医の重鎮が乗り合わせており、日野原氏もいた。初のハイジャック事件で、機中で乗客に「ハイジャックとは何か?」と訊かれて答えられなかった連合赤軍は噴飯ものだが、説明するため、縄を解いてもらって前に行ってマイクで、

「ハイジャックする人がハイジャックの言葉くらいはちゃんと勉強してください」

と一喝した日野原氏の胆力はすごかった。しかし心中では「なぜ怖がるのか。信仰の薄い者たちよ」(マタイによる福音書 8章26節)と唱え、ウィリアム•オスラー医師の「医師はどんな時でも平静な心をもつべきだ」という言葉を思い出して自分を落ち着かせていた。生き延びて「第二の生」を授かったと感じた。自分を心配してくれた人びとの好意をどう返そうか。

その人に返すだけではない。自分のできることを返す。医師としてできることは死に直面して悲しみに暮れる人に平静な心で寄り添い、試練の先に成長がもたらされれうよう手助けをしよう。そのためには人の弱さを感じ取るレセプター(受容のアンテナ)を立てよう、感じ取るセンサーにスイッチを入れておこうと誓った。

なにしろ患者とは英語でPatient、「我慢強い人」という意味である。治すなんておこがましい。我慢している人の苦痛を少しでも和らげるのが医師としてできる唯一のことだ。根底にあるのは死生観であろう。それを彼は次の1行で言い切っている。

人間は自分が必ず死ぬことを十分に理解し納得しているはずの生き物だ。

疑いのない事実を前に、どう生きるか、どう死んでゆくか。それをどう手助けするかが医師としての本質なのである。

広告

生きることの質:よど号ハイジャックの話より」への2件のフィードバック

  1. 日野原先生が100歳を前に当地でお話し下さったことが今でも財産になっています。

    1. こんばんは。そうでしたか。ぼくはほんとうにいまさらながら、なのですが読み出しました。他にもたくさん洞察があります。じっくり2度、3度読もうと思っています。

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中