心の貧富の差

NHKのネットニュースで『いのちの電話がつながらない』というのがあった。

24時間365日、自殺を考える人からの電話を受ける組織が都道府県にある。それは全員ボランティアで運営され、なり手が少ない。交通費が自腹どころか、研修費用も自腹、東京都千葉での研修は週一回で1年半かかるそうだ。それも数万円だ。適性もあるだろう。相談員はオチないように定期的に相談員と話せるという。こりゃあたいへんなボランティアである。

しかし身近な人には話せない。伴侶は愛していれば話せないし、愛がなければ余計に話せない。子になんかむりだ。友人だって説教されるのがオチだ。だから見ず知らずの人がいい。会って話すとなったらおかしなことが起きそうなので、電話がいいのだろう。

でもFacebookやTwitterには頼らない方がいい。真の友達はいない。かえって孤立感を深めるだけだ。ブログだってホントの弱音は書けない。書くと人は離れてゆく。しかしホントの友達なら「どうしたの?」って連絡をくれるだろう。せめてブログを読んでくれる。

あらゆるシーンで話し相手が必要な世の中になってきた。

孤老は話したい。伴侶を亡くした人も伴侶とこじれた人も話したい。仕事がうまくゆかない人も話したい。会社の社長がコンサルタントを雇うのは半分は話し相手である。または占いのためだ。がんになった人も話したい…そういうボランティアをする医師もいる。つまり自分の職業の中でも「話し相手ボランティア」はできる。そういえば孤老とおしゃべりしてあげる新聞配達のバイトの子がいた。御朱印帳の手作りを教えながら、自殺話を聴いてあげてもいいのだろう。

かくいうぼくも落ちることがある。そういう時は猫のピノ子に話す。これこれこうなんだよ、ぼくってこんなだから仕方ないし、でもさこれこれできてもいいよね。これも運命かな…と、猫は耳を立ててくれる。たぶん半分はわかっている。野良猫を集めて鍛えたらきっと良い相談員になる。報酬は美味しい餌でいい。

どうやら財産だけでなく、心でも貧富の差が開いている。冷たい世の中になったものだ。

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