隣の隣の国の若者たち

先日から読み出した司馬遼太郎の『胡蝶の夢』のごく前半に、医師松本良順が弟子の伊之助を連れて、江戸幕府奥医師の伊東玄朴を訪ねるくだりがある。高名な医師玄朴の部屋の角に、風呂敷で封印された本があった。その本は何か?と玄朴の医学校の塾頭に訊くとわかりませんと首を振り、玄朴先生はこう申してます、と言った。

「読むと気が狂う」

松本良順の読み通り、当時禁書だったオランダの本ではあったが、医学の本ではなくオランダの民法書だった。フランス革命のおとし子ともいうべき平等の思想や権利の思想が書いてある。江戸時代の封建的身分制度にとって、それは害悪である。禁書である。だがなぜ気が狂うのか。

それは江戸、いや日本という国の「おかしさ」を痛感するからであり、それに対して何もできないことを嘆くからである。本書の別の箇所で司馬氏はこう書いている。

徳川期の日本社会は強い知的好奇心を内蔵している。松本良順という若者にいたるまでの蘭学の歴史は、抑圧された好奇心の歴史と言っていい。

松本良順は後に長崎でオランダ医師ポンペに学ぶが、ポンペの下には、日本全国から松本と同じ思いを抱いた若者達が続々と学びに来る。後に日本国を生まれ変わらせる人物となってゆく。

日本の〝革命〟が他国と比べて、無血ではなくても、内乱ほどにならなかったのは、「知的好奇心」が根底にあったからではないか。米国の南北戦争のように奴隷制度や利権が元ではなく、アフリカの国々のように植民地支配からの脱却でもなく、中東の国々のように大国の思惑でもなく、「他国に学びたい」という意識があったからではないか。

隣の隣の独裁者の国でも、きっと抑圧された好奇心を持つ若者がたくさんいる。外から漏れ伝わる情報に「気が狂いそう」になっている。ただそれを表には出せない。彼らを様々な刺激でもっと狂わせるのが、〝独裁鎖国〟を終わらせる自立支援になるはずだ。

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わしは花粉症で気が狂いそうだ…^^;;

 

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