ことば作業の三位一体

彼の文章方法論に惹かれて〝文芸漫談〟も読んでみたが、なかなか良いことを言っていた。

昨日、読書感想文(ぼくは本の批評はしない。得たものを自分のものにすればいいのだから)を書いた『シューマンの指』の著者、奥泉光氏といとうせいこう氏の対談『文芸漫談  笑うブンガク入門』を読んだ。一番笑えたのはこの一節。

奥泉 どんな作家もたぶんそうだけど、ひとつの作品が完成すると、奇跡のように感じるんですよ。

噴いた(笑)ぼくは作家じゃないけれど、ドクターの肖像で良い文が書けた時、やっぱりホントそう思う。先月も〝奇跡〟を書いたが、その医師から褒められたので奇跡が現実化されてガッカリした…ということはない(笑)次のこのくだりもよかった。

奥泉  言葉は雑駁であり粗雑なものなんですよ。それを寄せ集め寄せ集めすることで、なんとか表現の世界を作っていくのが、小説を書くこと。

音楽と同様、言葉も既にそこにある。ぼくらにできることは〝創作〟ではなく〝再構成〟に過ぎない。組み合わせの中で個性を作ってゆく。だからぼくは〝ことばのデザイナー〟と称しているのだが。

ずっと気にかけていたことへの回答ももらった。それは「文を書くとき本を読んでもいいのか?」である。ほら、つい影響を受けてしまうじゃないですか。氏の答えは「すべし」である。

奥泉  小説を書きついでいる時、何を読んでいるかは偶然ですよね。 たまたま読んだものに影響を受けて、それを自分の作品に投影させていくー ある時から、それはそれで構わないと開き直ったんです。(中略)「読む作業」と「直す作業」と「先を書いていく作業」、 この3つを並行して行うのが、小説を書く作業内容ですね。

これを「ことば作業の三位一体」と名づけたい。「作家になる前から作家になる必要がある」というのは才能があればこそだが、要するに「勇気を持て」である。さあ文を書く人よ、三位一体でがんばろう!

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何言ってんの…て顔してました…^^

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