ありがとうございました、ことばの神様。

題材はたっぷり、筋もしっかり、すらすら書けるはずなのになぜだか鐘が鳴らぬ法隆寺…(^^;;)。内容は外れてはいないが拡散し、方向性を失っていた。そう言う時は文の背骨になるキーワードが違うものだ。わかっているけれどそれが見えない。そういう時は寝るに限る。

すると夢の中から、キーワードが降りてきた。さぁーっとそれまで書いてきたことがつながりだした。キーワードが背骨となって、文がその周りを衛星のように周りだした。どの話しもすんなりと収まっていった。なぜこんなシンプルなことが見えなかったのだろう?

机に行ってメモを書いて、いったん寝た。だが「書きなさい」という鐘が鳴ったので、起きて書き出した。明け方の3時過ぎである。それから2時間半ほどでまとまった。ありがとうございました、ことばの神様。

さてキーワードはどこから降ってきたかといえば、おもしろいことに別の仕事のことを考えていた時だ。

眠りながらこう考えていた。その仕事が安いと思ったり、上手にできない言い訳をつけるのは、安いからでも下手なせいでもない。その仕事が誰を助けるか、誰が喜んでくれるか見えないからだ。助ける人がこの世でたった一人でも、その喜びが奈良の仏像のようにかすかな微笑みでも、それさえ見えればお金のことは気にならない。いや金額にはバッファがあるとありがたいが(笑)

「人助けの仕事」はどうしたら見つけられるか?それは自分の原体験や原風景である。衝撃を受けたこと、助けたいと思った感情からの仕事はやる気になれる。それが探せないなら、自分が上手くできなかったことを、仕事を通じて今度は「人にはできるようにしてあげよう」と思えばいい。

別のことを考えていて原稿につながるのは偶然ではない。結局人の悩みや突破口はみんなに共通すること、普遍的なことだからだ。素直になればそれは見える。

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上手く撮れました…(^^)

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