生還とは愛である。

2016年最後のドクターズマガジン、“ドクターの肖像”は、近大マグロで有名な近畿大学の学長、塩﨑均氏である。

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最新鋭のPETモニターに眩しい光を放っていたのはリンパ節に転移した腹部大動脈がん。それを進行性のがんだと患者自身が見抜いた。なぜなら患者は、消化器がんの権威である塩﨑氏である。近畿大学の病院長に就任した年に新規導入した機械に、自ら最初のテスト台となって判明したという、なんたることか…

一度は静かに死のうと思った。だが医師として自分の専門分野で死ねない。その意地で誰もやっていない胃への放射線照射と抗がん剤を投与。奇跡的にがんが縮小し、外科手術に踏み切った。だが術後が思わしくなかった。もう駄目だ…来年の桜は見れないと文字通り腹をくくった。

彼のバックボーンにあるのが合気道である。内気な自分の殻を破るきっかけになった。合気道は空手や剣道のように「直線的に仕掛けて相手を破る」のではなく、「曲線的に相手の力を受けとめて流す」円の動き。相手の力量を見切り、相手の力で転がってもらうところに特徴がある。合気道精神を身体に刷り込んでいるからこそ、がん治療も直線的ではなく、まず受けとめて、狙い澄ます合理的な治療を選択できたのだろう。

だがそれでも切れかけた。切れなかったのは年末年始の外泊をすすめた妻の“暴挙”である。

点滴が放せない重篤な塩﨑氏に「あなた、家でお正月を迎えましょう」と主治医の許可を得た。点滴を抱えて自宅で過ごすことができた。久しぶりの酒を飲むと食欲が湧いてきた。そして早春の家の庭には、桜の代わりにと、妻がチューリップを数え切れないほど植えた。

そういえば先日、雪の降った日の医師取材でこんな光景を見た。

病院の1階の外来で車椅子を押す高齢の夫と、座って押される高齢の妻がいた。妻の散歩は折からの雪で寒い。ダウンのコートを着せようとするが袖が通らず、夫は四苦八苦している。妻は苦笑している。でもおとなしく着せてもらっている。ぼくが見ると夫は「いやあ、なかなかむつかしいもんだね、こんなことが」と言って笑った。

老いや死に直面すると、すがるものは純粋に信じるものだけになってゆく。それは美しい。

今号、お読みになりたい方は連絡ください。3冊ほど余部があります。

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