猫は猫、人は人

猫は猫、人は人、猫は猫、人は人。意味不明(笑)

医師のテープ起こしを終えて、今週の就活講義資料も作り、心療内科本に入った。なぜかノらない。書いても書いても眠い。この章は「飼い犬」がカギを握る。心の病の人が仔犬を飼いだして、心の繭から出て来れた。人と会話できるようになり、飲酒依存症も克服し、病もほぼ乗り越えて、人生を変えることができた。素材は患者の手記と医師との対話である。良い素材なのにどうしてもおもしろくならない。

猫のピノ子さま〜ご託宣を!とお願いすると、キャツはすっくと立った。

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我が目を見にゃされ。

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目はクリクリしていた。まさに猫の目だ。猫は生きているな…そっか!

トイレに行ってうんこらしょと考えてみると、自分が理屈や主張をつらつら書いていることに気づいた。いかんいかん、理屈や主張はすでに文なのである。文をさらに文にしてもつまらなくなるだけなのだ。ぼくが入るからには違う価値が求められる。それは生きた人間にナマの感情を語らせることだ。TSエリオットはかつてこう言った。

The Purpose of literature is to turn blood into ink.
(文学の目的は血をインクにすることである)

突破口を得て7,000字ほどまとめてほっとした。すると猫がぴょこんと肩に乗ってきて、耳元でささやいた。

背を伸ばし、ワレを天井に近づけよ。されば書けん。

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言われた通り猫を「高い高い〜」して天井に近づけてやると、上に羽虫がちょろちょろ這っていた。どうやら捕まえて遊びたいらしい(-。-;)猫に振り回されているけれどそれに勝る幸せはないと思った。その時、さらに気づいた。

そうか、猫とぼくを書いてゆけばいいのか。

ぼくもまたこの猫に救済された。寂しかったところにやってきた。飼いだして猫の気持ちがわかるようになり、猫もぼくをわかってきた。犬で救われた患者と同じだ。共感できることを書けばいいのだ。こうして一文一文書いております。

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