海老ぞりの横綱

ある愛猫家が2匹セットで購入したが、その家の飼い猫はプンと無視した。そこで一匹は、水槽で海老を飼う家に嫁いだ。するとどうしたものか、海老の繁殖がものすごくなったそうだ。今では海老は水槽のそばで「子宝の神様」として祀られているそうだ。

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もう一匹はわが家に来た。こっちの海老は本来の生命をまっとうするようだ…。つまりもう涎ダラダラ(笑)

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またたびみたいなのが入っているらしいがその喜びようといったら。ものすごーい&やばーい。どうもありがとう!

そんなことを書いていたら、相撲取りの訃報のニュースがあった。その土俵際の「海老ぞり」が思い出された。

もうひと突きで土俵の外に押し出されるその瞬間、相手のまわしをむんずとつかんで、まるでプロレスのバックドロップのように、相手を土俵の外にぶん投げた。自分の足はギリギリ土俵際に残している。観客は一瞬あぜんとして、次の瞬間大喝采をおくった。

土俵際の海老ぞりこそ横綱千代の富士の魅力であった。彼の相撲は相撲離れしていた。

小兵であったが普通の相撲取りと異なる肉体美がある。その胸筋と背筋、そして腕っ節は格闘技の選手のようだった。足腰も強く俊敏だった。だからあのスピードとダイナミズムに満ちた相撲がとれた。

千代の富士の相撲が無くなって以来、相撲はつまらなくなった。今の相撲取りには悪役も人情家も敢闘派もいるが、千代の富士のような正統派かつアヴァンギャルドな相撲取りはいない。

フィギュアスケーターのイナバウアーにせよ、海老ぞりになれるのは強靭な体を持っているからだ。「生きているぞ!」という叫びなのだ。海老も人も死んだら海老ぞりにはなれない。丸くなって、あるいはのびて横たわる。ぼくらは生きているのだから、せいぜい海老ぞりして、書こう、歌おう。

功績を残し、病と戦った横綱は丸くなってゆっくりされよ。合掌。

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