消費ノルム

医療英語もひと段落、今日は創作修行に励んだ。来週半ばまでにできるところまで書こうと思っているが…ことばが降りて来ない。猫と遊んでも洗濯してもだめ。仕方なく買い物に出た。

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ウナクールとアースノーマットはアレルギー体質で痒いのが苦手なぼくには必需品である。猫缶と猫砂は猫様の必需品である。買い込んでよっこいしょと重い砂を運んで帰宅しても、やっぱり書けない。そういう日もあるさと本を読み出した。『ゆらぐ親密圏とフェミニズム』海妻径子氏著。めくると『消費ノルム』という用語にでくわした。

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日々広告宣伝にさらされてもsれに踊らされず、“この商品は家計に余裕がなくても優先して購入すべきだ”というのが消費ノルムである。個人レベルでは「嗜好品や趣味品」であるが、それが社会レベルになると「持ってないと仲間はずれになる」ものとなる。例えば小学生の携帯電話のようなもの。どんな消費をノルム(=規範またはルール)とするかによって、人はグループをつくり壁をつくる。

資本主義の立場からすれば「ノルム無き消費」がいい。何でも買ってもらいたいのだ。

だがモノが溢れた現代では「譲れないものだけを譲らない」のが消費ノルムになった。長引く不況のせいで「貧しくてもそれだけは買う」、すなわち男のように飲んだくれて消費するより、女性が「加工品はやめてナチュラル品を買う」「美味しい料理教室にゆく」「歌を歌い続ける」というノルム消費の方が地道に経済を活性化すると著者は書く。

ノルムは見えにくく消費行動が見えないから、売り手も変わった。

“ポケモンGO(呆けもん郷ではない)”のような「ノルムを突き壊すような大ヒット」を狙うか、「あなたのノルムに入れてください」と熱い支持を集める小ヒットを狙うか、どちらかになった。どちらでもないものばかりだから売れない。

消費ノルムという切り口だけでも、ぼくらがなぜこれほど孤独感を強めているか、見えてきた。明日は書けそうだ。

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