遠い海へ…

原稿をのろのろ書いていたら、あっと思った。遂に遠い海へ逝ったか。

パーキンソンのキーパーソンは病気がちでいいお年だし、その言葉といい声といい存在といい、ものすごい才能を出したからお疲れ様でした。永六輔氏、合掌。

永六輔といえばラジオ、それもTBSラジオなので、弔いのつもりでradikoのラジオをつけた。赤江珠緒のたまむすびという番組がやってた。聞いていたら、「今日はTBSラジオにとってたいへん残念なニュースがありました」と赤江さんが話しだした。そうだなーって聞いていたら、コラムニストの小田嶋隆さんが出てきた。彼が印象深いことを言っていた。

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「昭和6年くらいの生まれの人って、幼い頃に価値観ががらっと変わったでしょ。それが…」
「うんと永六輔さんは昭和8年」と赤江さんに訂正された。
「そっか。昭和6年とか7年とか8年とか、そのくらいに生まれた人は戦争が終わった年に13才くらい。多感な頃に価値観ががらっと変わったわけ。戦前の価値観と戦後の価値観で、真っ二つになった。だからあらゆるものを疑える。ほんとうか?って。だからオリジナルが生まれるんだ

我が父は昭和2年生まれだったが、終戦時に呆然としたと言っていた。アラビトとはなんだったんだろう?と思った。父より数年後に生まれた野坂昭如氏や永六輔氏になると、きれいさっぱり、国も文化もガレキ上のモノにすぎないと考える。抵抗なく破壊できる。だから新しいものが生まれた。

でも彼の破壊の原動力はやさしい。こんにちは赤ちゃん♩だし、見上げてごらん夜の星をだし、この詩だ。

知らない街を 歩いてみたい
どこか遠くへ 行きたい
知らない海を ながめてみたい
どこか遠くへ 行きたい
遠い街 遠い海
夢はるか 一人旅
愛する人と めぐり逢いたい
どこか遠くへ 行きたい

結局はひとり。でも死ぬまでにやることはある。

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