私のワークショップ

今更だが築き上げたものは大きかった。じんわり痛感した…

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ワークショップと手づくり作品販売イベント『手•紙 te kami ⑦ みやこどりは飛んでいった。』を開きながら思った。ぼくらがこのイベント合計7回に渡ってやってきたことは、いったい何だったのだろう?これだったはずだ。

「わたしだけの手づくり体験を応援する」

わたしだけの手づくりとは、参加者が「自分の好きなものを選べる」「自分の思いで作れる余地がある」。講習会のように同じものを綺麗に作るのではない。見本はなぞるためにはなく、あくまでサンプル。隣の人と表現は違うべし、作り方も異なってもいい。基本は教えるが工夫の余地はその人次第。

そういうイベントこそ「手•紙」でしたかったことだ。

ふたりぼっちでしたイベント企画会議、メニュー出しでcherryさんとツバゼリアイを何度したことか。アイデアを出し合い、けなし合い、重ね合い、そこからひょいと生まれるものーそれがおもしろかった。

「こんなもの作ったら楽しいだろう」これがふたりの企画会議。

ぼくより彼女は発想力があり、とりわけ企画力があるが、たまにはぼくもヒットした。参加者の「作って楽しい」という期待感をどれだけ想像できるかが大切。だが前にやったことはやらないという不文律を破ると、やっぱり集客はよくない。だから必死だった。

綺麗に作るワークショップを否定しないが、ぼくのやりたいことじゃない。自分の手でモノをつくりだす思考や試行を奪ったら、手づくりなんて意味がない。楽しくなんて何にもない。

教育でも同じ。先生の役割は「道」をおおまかに示すこと。その道を歩くのも作るのも壊すのも生徒の仕事だ。先生は生徒が断崖絶壁に落ちないためのガードレールであればいい。

だがすべて明日でおしまい。それが哀しい。なんだか超哀しくなってきた。

今後も手づくりワークショップはするけれど、cherryさんや中村さん、山田さんと培ったことを無にしたくない。「かみのみか」の中でぎらぎらと焔を上げて…フッと消されて…(笑)

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