広島にゆこう。

久々に良い英語を読んだ。オバマ大統領の「ヒロシマ•スピーチ」である。

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NewYork Timesで全文を読んだ。素晴らしいスピーチだった。その後でテレビの無いわが家、録画をyoutubeで見たが同時通訳がうるさくて…(^^; 格調高い英語だけでけっこう。テロップにすればいいのに。スピーチの出だしはこの一文だ。

Seventy-one years ago, on a bright cloudless morning, death fell from the sky and the world was changed.  71年前、ある晴れた雲ひとつない朝、空から死が降ってきた。それは世界を変えた。(拙訳)

この後オバマ大統領は「Why do we come to this place, to Hiroshima? 」と問いかけるが、謝るためとは言わなかった。人類の過ち、科学を使う過ちを繰り返さないためと、幾節かで語りかけた。

それで十分である。日本政府も敢えて謝れなんて言わなかった。米国政府も謝らならい。戦争だったのだからそれで十分だし、ただしオバマ氏はアメリカの建国の言葉をこう言った。

All men are created equal and endowed by our creator with certain unalienable rights including life, liberty and the pursuit of happiness. すべての人間は平等に創造され、何人も奪うことができない権利ー生命、自由、そして幸福の追求を創造主から授けられた。

アメリカ国内でさえ建国の言葉が実現できていない。そのワケが人種差別であり暴力である。科学の使い方である。原爆にもそういうものがあった。これだけ言ってくれれば十分だと思う。

Some day, the voices of the hibakusha will no longer be with us to bear witness. But the memory of the morning of Aug. 6, 1945, must never fade. いつか被爆者の声は絶え、証人として私たちと共に生きることはなくなる。だが1945年8月6日の記憶は決して絶えない。

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終戦の年、7月か8月に幼年兵で応召された父は、生きていれば88か89才だ。被爆者がまだ生き続けて核廃絶を唱え続けていること自体、奇跡である。

最後のくだりが一番良い。

That is why we come to Hiroshima. So that we might think of people we love. The first smile from our children in the morning. The gentle touch from a spouse over the kitchen table. The comforting embrace of a parent. We can think of those things and know that those same precious moments took place here, 71 years ago.

なぜ広島に来たか。それは愛すべき人びとを考えるために。朝一番の子供たちの笑顔。食卓ごしの夫婦の触れ合い。これと同じ尊い瞬間が、71年前の同じこの場所であったということを、考えようではありませんか。

広島にゆこう。考えて、何かをするために。

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