扉の話し

扉の音、気になりますか?

心に弱さを抱える人びとの集いに出た。夫婦の関係、親子の関係、嫁と姑の関係などからいつの間にか蓄積し、手の施しようもなくなって吹き出るのが心の病気である。

何しろ我が子とはいえ、夫や妻とはいえ、人の心は見えない。弓なりになった心のせいで気づけないこともある。見ようとしないのは救いがたいが、ともかく見えなくなると家に問題が起きてくる。

その集いで、扉の話しがあった。これが興味深かった。

人によって扉の開閉はクセがある。「バーン!」と音をたてて締める夫がいる。神経質に音を立てないように静かに締める妻がいる。その違いだけで諍いの元になる。「なんでそんなに無神経なの」と言い、「なんでそこまで気をつけないといけないのか」と言い返し…

姑はデイサービスに行く年齢で足腰は弱い。だが扉だけは「ドーン!」と締めて出てゆく。その音がするたびに両手で耳をふさぐ嫁がいる。音だけではなく仕切りだけでもない。扉には心を閉じさせるシャッター作用がある。

部屋から出て来ない子供がいる家では、扉の問題は深刻である。

子となんとかコミュニケーションを取りたいお父さんは、力強く「ドンドン!」とノックする。「いいかい?」と声をかける。部屋にこもる子はその音が嫌いなのかもしれない。父にしてみればちゃんとノックしているという思いがある。子はノックされていることが「脅し」「圧迫」に感じる。

一方、腫れ物に触るように静かにノックして、扉の外から「行ってくるからね」と言うお母さんもいる。それには、子は物足りなさを感じているのかもしれない。「どうして私にもっと踏み込んでくれないのだろう?」と。

ドアクローザーを調節もできる。音の静かなドアにリフォームもできるだろう。家の中のドアをすべて取っ払うこともできる。

たかが扉、されど扉。人と人を仕切るものを深く考えさせられた。

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