面と向かって言えないこともある。それでバランスという名の平和が保たることもある。
ある医師とのインタビューで、海外暮らしが長い彼が言っていたことがある。
「表向きは差別反対、自由の国と言っているけれど、実際には白人優越主義の社会で、非常に差別が強い。表と裏が全然ちがって、基本的に偽善的な国ですね」
アメリカのことである。白人にとって黒人はもちろん黄色人種は差別の対象である。
滞米経験が1年半のぼくはそんな目に遭ったことはなかった。差別を口にするのも行動でするのも大変まずいからだ。だが心の底には差別あり…そうかもしれない。米国駐在先の日本人のボスが言っていたことをよく覚えている。
「ぼくらは劣等コンプレックスに悩んでるけれど、白人は優越コンプレックスに悩まされている」
その偽善を徹底攻撃して、大統領への道を歩むのがドナルド•トランプである。
エスタブリッシュメントと呼ばれる既成の支配層(WASP=ホワイト・アングロサクソン・プロテスタント)やアイビーリーガー(東大京大卒みたいもの)に向かって「偽善はやめろ!」「正直に言え!」と叫び、「メキシコの国境に壁をつくれ!」「移民を強制送還せよ!」と主張する。そうだ!そうだ!と単純に叫ぶ大衆の票を集めている。
民主党はヒラリーがイマイチなんでトランプ大統領は非常にありうる。ぼくは政治評論家じゃないからどうなるかわからないが、彼の選挙戦を「偽善 vs. 真実の戦い」とするなら、ひとつだけ言いたいことがある。
偽善の破壊は必ずしも幸せではない。偽善は偽善のままというバランスもありうる。政治とは必ずしも勝つか負けるかではなく、バランスをつくり維持する機能もあるからだ。平和とは戦争時代と戦争時代の間のバランスの日々なのである。
ぼくはキャロライン•ケネディに大統領をやってほしい。とにかく平和な方がいいから。
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