夫のサイレントな抗弁

ある引きこもりを持った母親の語りである。

あたしがいくらがんばっても、話しかけようとしても、日帰り旅行に連れてっても、父親が全然話してくれないんです。「お帰り」のひと言でいいの。何で言えないのか。息子は部屋から出て来て水を飲むことだってあるんだから、その時に長々とじゃなくて立ち話でいいから、なんで声を掛けてくれないんだろう。覚悟がない。覚悟ができていないの。そりゃね無視されたり、イヤなことを言われたりするとそれはイヤだと思うけれど、でも、父親が何も語らないのが私の気持ちを不安定にさせる一番の原因なんです。私…わたし、ひとりぼっちなんです(嗚咽)

心に重荷を背負った患者のいる家族会での発言のひとコマ。たいてい子供が引きこもりなのだが、実はその親たちも精神に不安を抱えている。聞いていてつい自分の家のことを考えた。ぼくの子は心の病までゆかなかったが荒れた時期があった。自分もこの母親が言う父親だったと思う。

ただ夫の立場から言い訳というか抗弁はある。

ぼくも悩んでいた。二重の責めーすなわち妻からの攻撃と子との断絶を痛感していた。逃げたわけじゃなく踏み込めないのが正しい。妻に「蚊帳の外にされている」という意識があった。だから身動きできなくなった。

ぼくが夫なのか父なのかも問題である。妻は夫に父として振る舞えと要求するが、夫は父である前に夫である。産後の妻の豹変ぶりに愕然とする。取り残された気分になる。それを情けないと見て妻は「子も父も問題だ」とますます自分を追い込む。みんな孤独になる。

結局、相手の問題を自分の問題にできないのがでっかいと思う。普遍的な不変な問題だと思う。ただ家族は「家の族」であるから、壁のないひとつの民族であるべきなのだ。牽制し合って生まれるものは何もない。

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新築の家を見ると、最初はどの家の地ならしされている。十分なスペースもある。人間関係も家も同じ。長持ちさせるためには「日々の掃除」が必要だ。まず皆で家や家の周りを掃除してみたらどうだろう。問題のある家はたいてい汚れている。今はぼくは掃除好きになりました。

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