最後のイチニャン

ぼくは君を抱きしめたいのだが、叶わぬ願いなのだろうか。

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毎朝7時頃、拭き掃除をする。一人には広いが世間的には狭い家なので、部屋中の拭き掃除をする。北側の洗濯機を置くバルコニーを開けて、扉を拭き、手すりを拭く。その時そやつと会う。名前はわからないので裏ニャンコと呼ぼう。じっとぼくのことを見つめる。ぼくも見つめて手を振る。まちがいなく裏ニャンコは毎朝ぼくを待っている。たった一人、いやひと猫でも、待っていてくれるのはうれしい。

裏ニャンコと会うのは、比喩的に言えば、ぼくの命綱になっている。

絶望の日もあれば、希望に燃える日もある。ニュートラルな日もある。ただポジティブな日もどこかカラ元気なのは、ある未解決の問題が根底に横たわっているから。その解決のために何年も費やしてきた。今日も努力した。もういいかげんこっちが根を上げそうだ…

だからこそ裏ニャンコは、あたかも「最後の一葉」のような命綱である。

ジュリエットよろしく裏ニャンコはバルコニーにいる。じっとぼくを見てこう言っているのかも。

「あたしをかわいいと思うなら、自由をくださいませ」
「狭いバルコニーから広いあなたの胸に飛び移らせて」

だがロミオであるぼくもバルコニーへ熱愛を飛ばすのだが、何しろこちらと向こうでは建物がちがう。土地も線引きされている。向こうは二階、こっちは三階。溝はどうしようもなく埋まらない。しかも連れ出すと誘拐罪である。もはやダメか…。

まだ希望は捨てきっていないが、生まれ変わったら次は猫になろう。たぶん溝に捨てられる境遇の猫だろう。でも、きっと連れて帰ってくれる優しい飼い主に巡りあえる。暖かい部屋ですごせる。

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