花びらが降りてくるところ

南風が吹いて桜の花びらが一枚降りてきた。

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今日は風が強くて、どこぞの桜から飛んできて玄関のステップに落ちていた一枚の花びら。最後の一葉ならぬ一花びらから始まることがある。

ぼくは文章修行中の身である。ひとつ応募をしようとしている。応募規定の文字数のカウント間違いをするという自業自得のアクシデントを二度までも乗り越え、楽しんで書けるようになってきた。クォリティはヘボだが、思い起こせば二十歳の時、「書くことがない」と筆を折り、その四半世紀後に再び書きだして、お金をもらえるようになって今日に至る。

それは、ぼくの体のどこかにある“文のポケット”に花びらがまだ一枚のこっていたからだ。

そういうものは誰もが持っている。

トム•ハンクス主演の映画『フォレスト•ガンプ』(1996年)で、ベンチに座るガンプに、はらはらと一枚の白い羽根が落ちてくるのを覚えているだろうか。あの羽根は何だろうか。希望、期待、不屈、そして自由…いろんな意味が込められているが、ぼくは「つながっている」を表していると思う。

最近の例。仕事場の拠点探しで「これだ」と思った物件がダメだったのだが、ぼくは根拠もなく「ひょっとしたら」と思っていた。すると(確率は低いが)ひょっとしたらという展開になってきた。あそことは一枚の羽根があるかもしれない。

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今日はカレーをつくった。ご飯をいっぱい食べてほしい人がいるからだ。その人との苦しい時もまた数えきれないが、まだ一枚の羽根がある。

花びら一枚さえあれば、つながることができるのだ。

そこで大切なことは「自分の思い通りにする」のではない。「だれかの思い通りに」なるように思い続けること。創作も仕事も愛することもみんな同じだ。自分はだれかの培地になればいい。一枚の花びらはあなたと誰かの間に降りてくるものだから。

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