リトル•ショーンK

人間というものをしみじみ考えてしまった。

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清原元選手といい(彼はかわいそうだ。野球バカで引退後は何もできなかった)、ショーンKといい(彼は確信犯の詐欺師に思える。美しく騙してアッパレですが)、乙武洋匡といい(彼は優越と劣等のふたつのコンプレックスを持っているのだろう)、みんな人間ぽい。

とりわけぼくにはショーンKが興味深い。

人は誰もが経歴や能力にコンプレックスを抱いている。見た目にもコンプレックスを抱いている。完璧な人はいない。彼もきっとそうだった。

ただそこを逆手にとって、かっこよくなり、喋れるようになり(たぶん練習して)、経歴を作り上げて、演じのけた。

彼がだました相手が象徴的だった。彼は経営の現場はだませず(コンサル業は噓でしょう。下請けで億円単位はありえない)、テレビの現場ならだませた。前者は実利を求め、後者はエンターテイメントを求めるという違いがあった。つまり、彼は自分の適性と限界をよく知っていた。経歴詐称さえなければ才能あるタレントだが、詐称もひとつの武器だったから。

詐称は別として、みんな小さなショーンKをしていると思う。

誰だってコンプレックスを小さくしたい。ぼくもたくさんコンプレックスをもっている。脳はポンだし、見た目もしょぼいし、マッチョじゃないし、エッチも上手じゃないし、お金儲け下手だし、貫けないし…毎日苦しんでる。

コンプレックスをどう生きるかで人は決まる。できることの周りを歩くか、できないことの中に踏み込むか。ひとつでもできることがあればそこを歩けばいい。ただできることは挑まない限りできない。挑んでもできないと敗退というコンプレックスをもってしまう。

どうするかは人それぞれ。最後は裸になって生きれるかどうかだ。

清原さんも乙武さんも川上さんも、心底からホンネのコンプレックスを語れるようになれば、みんなききたいだろう。一流人のナマの勝利と敗北を知りたい。

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