時代の中で

今日は手製本をした。やりだすといつも手製本屋の親方のつぶやきを思い出す。

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「角を見ると仕舞いの良し悪しがわかる」

表紙をくるむ紙の角の処理で、手製本屋の個性がわかるという。ぼくは爪で折り入れて重ねるという極めてオーソドックス。だが親方のやり方はちがう。二つの辺の角から寄せて、余分なシロ(代)を鋏で切って仕舞うという複雑さ。そんなことを自慢げに話す親方がかわいかった。

だが本の大量生産時代が到来し、手製本時代は終わった。印刷から製本まで自動化である。速く正確に大量に。その大量生産工程でも親方のようなつぶやきはありうるのだろうか。

ふと、外科医もいなくなるのだろうかと思った。

次の医師の原稿に取組みだした。外科医である。外科医はドレープに始まり縫合に終わるというが、術野の作り方や患部へのアプローチ、止血や輸血など外科医はプロとして自分のやり方を持っている。

ところが時代は開腹手術から腹腔鏡という、小さな穴を開けて器具を通す手術に移りつつある。もちろん腹腔鏡外科医にもこだわりはあるが、昔ながら外科医とは違うところでこだわっている。さらにロボット手術というのもある。人の手が入れない場所へ入り、人ではやれない小さな部位の手術ができる。ロボットの扱いのこだわりは腹腔鏡とまた違うのだろう。

手製本が機械製本になり、やがて電子書籍になって、本が消える。開腹手術が穴開け手術になり、やがてロボットがはびこり、外科医が消えるのだろうか?

同じことが本や医療だけでなく他の分野でもある。文の書き手としては、時代を越えた職人の技、開発の格闘、成功の喜びを描こうとする。だが否応なしに時代が変われば技術やプロセスが変わる。読者の感動のポイントも変わる。

一瞬、自分が年配の人に思えてしまった。

今の時代を書かねばならぬ。同時に、時代を越えた感動を描かねばならぬ。書くとはたいへんなことなのである。

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