乗馬靴のことを調べたら伊丹十三に当たった。なんのことじゃい。
google検索に「乗馬靴」と入れたら、「内田樹の研究室」のエントリー『伊丹十三と戦後精神』に当たった。どっかに乗馬靴のことが書いてあるのだろうが、これがまたなが〜い文なので面倒になった。次のくだりに目を留めて読むのをやめた。
ひとつのジャンルの仕事だけでは、どうしても「自分が何をしたいのか」がうまく捉えきれなかった。だからひとつずつジャンルをずらして、さまざまな方法を踏破することになった。ジャンルをずらしながら、伊丹さん自身が「いったい自分は何をしたいのか」を探っていたのではないか。(一部略)
伊丹十三とは映画監督、俳優、CMクリエイター、イラストレーター、デザイナー、ドキュメンタリー映像作家…など多彩な顔を持つ人だった。多彩ゆえにとらまえどころがないから語れない。内田氏の文はキホンそんな流れだが、鋭くツッコミが入っている。
彼はただ多彩なだけでなく、自分がしたいことを明らかにするため、ジャンルを変えていたのではないか。彼は巨人だから、明らかになったしたいことは「戦後精神」という一筋縄では語り尽くせぬものだった。
たいていの人は「自分がしたいこと」がわかっているのだろうか。
年始に手帳を買って目標を書いて日付を入れる。そんな几帳面な人にはわかっているのか。「したい柄の洋服」を着る人もいる。脱がすと実体はちがうのである。「したいことがわかんなよ〜」と目の前の壁を削っている人もいる。モグラみたいだ。掘っていればいつか地上に出るんだよ。日がさして死ぬかもしれないけれど(笑)
実はみんな、恋愛したり転職したり引っ越したり、リトル伊丹十三になって、したいことの周りをあちこち歩いているのだ。乗馬靴を探して伊丹十三に当たるように迷って。
でもこの年の瀬に誓う。ぼくはワンジャンルで「したいこと」をしたい。
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