離れたら、ナチュラル•コミュニケーション

トルストイは「幸福な家庭はどれも似たものだが、不幸な家庭はいずれもそれぞれに不幸なものである」という名言を残した。

それはほんとうだろう、とずっと思ってきた。だが世間一般で見れば「不幸な」というレッテルがふさわしい我が家族は、果たして不幸なのだろうか。

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久しぶりに息子に会った。軽く一杯やった。彼には会社の運営面でいろいろ助けてもらっているので、メールや電話はちょくちょくているが、対面したのは1年ぶりだろうか。義母の不幸があった時、いや次女の結婚式の方があとだったか。

沖縄に住み、のほほんと暮らしている。どんなことしているの?きいてみて彼の日々の暮らしがわかってきた。

よく飲むそうだ。だからふとったみたい。ダイビングして、少しは勉強もしているようだ。彼女もいるようだ。今年2月頃、過呼吸かなにかで倒れて救急搬送されたようだ。これやろうと思った仕事がある事情でぽしゃった。落ち込むことなく、次にこれやろうと思った。それも一筋縄ではゆかない。でもへばってない。いい意味で脱力している。

父もまたようやく脱力してきた。この仕事はこうだ。上手くゆけば続くし、いかなかったら続かない。でもこういう仕事もできそうだ。他の子のことや別居してる妻のこともわかった。

要するにそれぞれバラバラなのが我が家族だが、離れ離れになって、家族間が率直になれた。心を自由にできた。そんな感じがする。少なくともぼくはそう思う。

来年は来年。人生、気楽にやればいいじゃん。

と息子は知ったようなことを言う(笑)そーだなと言う父も父であるが。そこで思う。家庭の幸福ないし不幸はなんで決まるのだろうか。将来に不安は絶えないけれど、強がるわけでなく、前よりずっと自然体になれてきた。

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妻が入院中の居酒屋の店長、子供を背負って調理するって…すごい(^^*)

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