自分に遡る旅

自分の性格をつくるものへ遡る旅をしている。

ぼくの性格における大きなピースは「孤独」である。良く言えば「群れない」、実体は「人と交わりにくい」。孤独感は人を自己中心にする。人の気持ちに鈍感にさせる。組織や団体でうまく生きれない。夫婦関係しかり、恋愛しかり。そのせいで数えきれないロスがあった。

なぜ孤独感を強く持つ子になったのだろう?

三つ子の魂百までというように、性格形成のトピックは幼少時にあると言われる。そこまで掘り下げる前に、ひとつ鉱脈ならぬ“心脈”を探り当てた。

それは「粗末なお弁当」である。中学で給食は終わり、高校は弁当である。見せ合うという幼稚はしなくても、どんなお弁当かなと人のをのぞく。ぼくのお弁当はいつも粗末だった。ご飯の上にどーんと何かかけてある、それだけ。

恥ずかしかった。お昼が嫌いになった。そのうちに母にお弁当は要らないと言ってパンを買いだした。

それは高校に始まったことではなく、小学校や中学校の運動会や遠足でも同じだった。余所の家はお重で「おかずテンコ盛り」なのに、うちはおにぎりだけ。貧しかったというよりも、母がお弁当には手抜きで大雑把だった。

そこまで気づいたら、もっと遡れた。

土曜日の昼の情景である。小学校2年か3年のぼくは、毎週台所で独りで即席ラーメンを作って食べる。煮るだけで何も入っていない。そこに母はいない。ママさんバレーに忙しかったのだ。

試合を度々見に行ったが、コダックのカメラをいつも首から提げているのに、母の姿を写した記憶がない。たぶんぼくの心には別のものが投影されていた。

母はお弁当よりバレーボールが大切なのだ。ぼくよりも外が好きなんだ。

それがぼくの孤独をつくったのだろうか。変人にさせたのだろうか。正しいかわからないけれど、良くなるために自分をたどる。またいずれ書きます。

IMG_2074

在りし日のお弁当。

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