白内障手術記(下)

手元も遠くもはっきり見たいけれど、人の心ももっと見たい。

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赤星医師は白内障手術で日に40人のトコロテンである。秋葉原アイクリニックだけで年間3000例以上を実施する。その数やまさに★のよう。彼が編み出した白濁した水晶体を超音波で“プレチョップ”する技と、レンズを“こより”にして挿入する技がなければ、ひとり5分の日帰り手術は実現できなかった。

患者は人気レストランで店頭の椅子に並ぶように、順繰りに椅子を移動してゆく。診察室から術前準備室へ、そして暗い手術室へ。歯科にあるような手術シートに座る。いよいよ。

「では郷さん、左目からやりますね」
「はい」

瞼をとじさせない器具?布?を片目に被せ、液体をかけながら、瞳孔のサイドに2ミリ弱の開口部をあける。そこから超音波を当てて白濁部を壊しながら、吸引してゆくようだ。

「ちょっと押される感じがあります。我慢してくださいね」

確かにあるが、麻酔のせいでそうは痛くはない。

「これで白内障は取れました。ではレンズを入れてゆきます」

確かに5分かからなかった。次は右目だ。同じように進んでゆく。途中まで進んだとき、赤星医師が声をかけてきた。

「郷さん、何を書いていらっしゃるんですか?」

術前診査で「文章を書く仕事」と言っていたので覚えていたのだろう。

「じ、じつは…」ややしゃべりにくい。「ドクターの物語です
「ほお」
「北里大学の清水公也先生を取材したことがあるんです。彼が先生がナンバーワンの弟子だと言っていたので、白内障になったらお願いしようと思っていました」
「そうでしたか」
「大腸内視鏡の工藤進英先生のことも書きました」
「致知(雑誌)で対談しましたよ」
「それをぼくも読んで、先生の物語も素晴らしいと思いました」
「執刀医になりたくて回り道したし…苦労したんですよ」

赤星医師は自治医大卒で、眼科医になるためずいぶんと回り道した。終わる頃、彼は言った。

「いつか僕の物語も書いてください」

ハイと答えた。じゃあ目を開けて、と言われるまま開けると…

赤星先生がハッキリ見えた。驚いた。

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見えたとはいえ、めちゃ瞳孔拡散なのでとにかく眩しい。しかも手元がまるで見えなくて代金を払うのに苦労した。愚娘と調剤薬局で別れてひとりで帰った。おとなしく早く寝て、翌朝…

IMG_7589

朝日が綺麗だ。見えなかった屋根の表情も見えた。しかし手元はさっぱりだ。100円ショップで老眼鏡をと思ったが、まずは術後検査へ。視力検査をすると…

右は1.2くらい、左は1.5くらい出てますよ

IMG_7595

この画像の奥は近視のライン、手前は遠視のライン。一番奥から一番手前まで振り切った。思わず記念で撮っていいですかと言った(笑)これなら市販の老眼鏡でも大丈夫でしょうと言われた。

前屈みの人生から、背筋を伸ばした人生へ、生まれ変わった気分。すごーくポジティブになった。人の表情も仕草もファッションも化粧も、電車も町も空も、今まで見えなかったものが見える。強烈だったのは裸眼で「ビルのタイルの数が数えられる」。

IMG_7597

パソコンやスマフォは眼鏡ナシでは無理だが、ま★いいや。眼鏡眼鏡…とつぶやく普通の老人になりてえ。いろんなものを見てえ。自転車も自動車も運転してえ。だがぼくは大切な人の心を見ることにおいてはまだ近視眼である。どんなに遠くになろうとも、見たい。遠目を頂いたぼくの使命である。(おわり)

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