どうしても。

どうしても上手くなりたいと思える。それだけが上達の道である。

IMG_7253

昨日はかなり苦戦して支離滅裂になった原稿だが、今日になって上向いてきた。8合目まで書けた。思わぬ闖入者があったので、書き直しを含めてまだ半分くらいである。だがちょうどこの花のように、文の背筋はしゃんとしてきた。ありがたい。

この文の仕事は、医師がなぜ医師になり、どういう医師になり、どんな貢献を医学を通じて為してきたか。それを書くことである。

たとえばこんなことである。父親が家業としてクリニックを開いていた。幼い時から手術室をのぞいて消毒液の匂いをかいで育った。大学医学部で生涯の恩師と出会い、その人柄や業績に惹かれて同じ診療科を選んだ。留学先で世界的な業績のヒントとなる研究テーマに出会った。類い稀な手術によって多くの患者を助けた…

こういうエピソードをきいて調べて読んで、選んで捨てて、束ねて連ねて、物語としての効果を入れて書いてゆく。ここまでがステップ1である。

だがそれだけではまだエピソード集。それで十分という注文ならそれで終わりである。だがもうワンステップ深く、その人を描くのであれば、こう自問する。

その人は何のためにそれをやっているのか?

名誉のため?乗りかかった船?意地?人類のため?

これまで30名以上の一流医師に会って書いた経験からすると、実に千差万別である。答えになってないが、今書いている医師からひとつの答えを得た。

それは「どうしても上手くなりたい」からだ。オンリーそれだけ。それだけだがそれが一番強い。

惰性で続ける人、世を忍ぶ仮の姿、単なる仕事さ、という人にはその気持ちはわからない。単なる趣味では「どうしても」までゆかない。イチロー選手が毎日同じウォーミングアップを繰り返し、試合が終わるとグラブを磨きバットをケースにしまうのは、どうしても上手くなりたいからだ。

不肖ぼくは、どうしても文が上手くなりたい。どうしても。なぜかは言えない。でもだから書けない日があっても書き続けられる。

あなたには「どうしても」ありますか?あればやり続けなさい。どうしてもが消えるまで。

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中