倉敷にシトロエンが似合うのは…

倉敷にはシトロエンがよく似合う。路地の奥で、見た瞬間にそう思った。

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先日ブラブラした白壁造りの町並みに、この車が良く似合っていた。張りがありながら優雅。個性的だが落ち着いている色。大人しい猟犬のように、じっとしているが跳躍力を秘めている。その駐車場の壁は、残念ながらトタンみたいな安っぽさだが…(^^*)

倉敷の町造りを見ると、町の調和が住まい手達の手で自然にできていた時代が見える。河川があるのは、江戸から明治期かけて内国商業の港として栄えた名残である。水島というだだっ広いエリアを造成したゆえに、商業地から工業地にならずにすんだ。美観地区などという冠形容詞をとっぱらっても、日本家屋の美が残される、主張があるけれど強すぎない、調和の取れた町並みである。

そこにシトロエンが似合うとはどうしてだろう。

ぼくの勝手な解釈だが、いたるところに意匠や職人技があるフランスの町並みと、倉敷の町並みは似ているせいではないか。城壁や石畳のあるフランスの町と、寺と瓦と壁がある日本の町。どちらも昔ながらを大切にする。

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散歩で見つけた民家の屋根が痛快である。突き出すツノは寺の名残りなのか。

シトロエンもこれと似て、道具として町の邪魔にならないデザインを感じる。町のデザインに敬意をはらって工業製品をデザインする。さらにツノを大事にするように、デザインの系譜を大切にする雰囲気がある。

一方、過去をひたすら消して、機能からデザインするのが日本である。

デザインのためのデザインをするのだ。それは自分の製品世界の中だけのデザインという意味だ。機能、素材、色が、家や町や人間とどう調和させるかという思考が乏しい。ゆえに浮いてしまう。車にしろ住宅にしろ家電製品にしろ、多くの日本の工業デザインが、町と部屋とミスマッチなのはそのせいである。

デザインとは自己アピールではない。金儲けの道具でもない。何よりも調和である。調和とは、歴史や先人の業績を認めること。そのオマージュがデザインには常に必要である。

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美観地区のまん中にアイビースクエアがある。旧倉敷紡績の建物群は蔦で覆われているが、この格子もまた蔦の跡ではないだろうか。これこそオマージュである…たぶん(^^)。

おちょこでワインがうまいかはわからないが、日本とフランスの美的感覚のつながりをぼくはシトロエンと倉敷の町に感じた。

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