ごう散歩 in 倉敷

ちい散歩、ゆうゆう散歩の次は「じゅん散歩」だが「ごう散歩」もあるで。

IMG_7080
出張ついでに倉敷の町をめぐった。

いわゆる美観地区を散歩した。隧道の入口に出た。トンネルの先はなんであれエキゾチックだ。くぐらず道を折れた。土産物屋などいらないから驚きがあればいいと思った。

IMG_7083
改築中の旧家の裏側である。工務店の大工達が古い柱にほぞを切ってつなぎ、構造から元の家を残そうとしていた。昔ながらの町並みを大切にするのは当たり前である

IMG_7084
だが我々は日本列島を改造して工業を優先させた。都市は窮屈になり、田舎は小都市になった。色も形も高さもエゴだらけの家並みが普通になった。それが常識になった時、日本は日本であることを自己否定したのだ。

IMG_7085

真の日本ってなんだろう。倉敷の町並みを見るとわかる。それは「縦と横」である。

日本家屋には、縦と横を大切にする造りがあった。恐らくそれは木の加工からきている。切り出した丸太を有効活用する中で、格子、妻板、柱といった数寄屋が生まれたのではないか。

IMG_7086

二階の引き戸のちょっと惜しい感じもまたいい。日本がちゃんとしていたのは人と人、暮らしと暮らしが交差するように、縦と横がちゃんとしていたからだ。汗を拭きつつ阿智神社の石段を上った。ふと言葉が口についた。

IMG_7093
人生は石段を登るが如し。てっぺんから空に消えるが如し

ぜいぜい言いながら参拝。「愛する人と一生幸せに暮らせるよう知恵をお授けください。行動を促してください。意志をお確かめください」

神社は古く大和朝廷の応神天皇の時代、3世紀頃朝鮮から渡ってきた漢人が故郷を思って建立したのが始まりだという。我が愛する人への願いもとどけたまえ。疲れて東屋に休んだ。台がまたいい。

IMG_7096

この台のように生きてきたか。ふたつの節は仲良くやっていけるか。大原美術館はパスした。愛する人といずれ来た時にムンクにもデキリコにも会おう。煩悩の人生を貫きたい。

IMG_7100

裏道のにゃんこにあばよと告げて、駅に向かった。そう言えば一昨日入稿した原稿は、杉浦編集長からほめられた。「M先生喜ぶでしょう、午前4時に降りて来たくだりがええと」よかった。外科医以外の医師の書き方をひとつ会得できた。内科医や研究者は“アクション”が無い分、描きにくいのだ。

大きなOKサインがあった(^^)

IMG_7107

ごう散歩、実りあり。ここの画像以外のごう散歩の画像をFacebookのアルバムにおきました。

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

w

%s と連携中