言葉のプレゼント

言葉の誕生日プレゼントは「書き直せ」だった。あっちも、こっちも…(^^;

昨日は誕生日だった。誕生日だからって浮き足立つことは何もない。なぜなら365日浮き足立って生きているからだ。今さらしっかり立てと言われても無理。あっちにふらふら、こっちにふらふら。傍目から「アイツはどうしようもないヤツだ」と言われているし、自分を見てもそう思うし、世間という名のビンタを張られると痛いんだけど、柳に風という風もあって、つまり「もうちょっとしっかりしろよ」と自分を鼓舞激励して這々の体で生きている、それが吾輩である。

そういう自分の裸の姿に、創作上のヒントがあった。

我が創作、我が闘争。昨夜12時近くまでせっせと創作と戦った。だがもう一つ吹っ切れない。どこが吹っ切れないのか。わからん、と寝ちまった。

すると今朝5時にお告げがやってきた。大きなお告げだった。ベッドから机にヨロヨロして、目をコシコシして変更&修正点を、愛用の赤青鉛筆で書きなぐった。

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どういう書き直しか。ひとりの登場人物はがらりと変える。他の登場人物の役割もぎゅっとする。前半の無理な展開と幾つかのエピソードを修正する。それらがうまくつながれば、読みやすく楽しくてきゅっと痛みもある物語になる。

だが最大のポイントは、主人公に勇気を奮い起こさせることだ。フラフラしている主人公に向かって、

「フラフラしてんじゃねえ!」

と胸ぐらつかんでグラグラ揺らす。オマエ、それまでと違う道を歩かないと意味がないだろう?と。胸ぐらつかんで引っ張って座らせて、ラストに向かってゆくシーンを書き変える。

何を隠そうそいつはぼくの分身である。我がひどい生きざまを振り返って、物語が見えたってわけだ。今のままだと紙芝居である。今朝の着想通りちゃんと書きなおせれば、人の舞台になる。そのくらいの違いがある。それもこれも試読してもらったおふたりの言葉と、言外の言葉を読唇術してわかった。どうもありがとう。おかげで悪さがしっかり見えた。あとは書くだけだ。

そこがわかるまで1ヶ月以上もあーでもない、こーでもないと考えていた。頭がもっと良かったらとホントにいい。でもありがたいことに仕事のラッシュなので、その合間を縫ってボチボチ仕上げたい。

さて、あっちの書き直しもしないと…^^; へぼはだから忙しい。

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