文の板前

安定したネタが揃った刺身盛り合わせである。大根や大葉や海藻で盛り上げてもいいが、あくまで主役はネタだ。とんがったネタはないものか…

と比喩的に書いているが、実は原稿のことだ。

ネタ(エピソード)がたんまりある。盛り合わせには十分すぎるほどだ。大皿が三枚できる。赤身も中トロもハマチも烏賊もタコも帆立もすべてそろっている。しかも切り身になっているのも多い。つまりそのまま置けば終わり…と言っていいかも。

ありすぎるほどのネタはありがたいのだが、中には語り尽くされている部分もある。食べ慣れたネタだけでは満足できない人もいる。もうちょっと知らないこと無いの?と言われそうでもある。

そこで悩んでいる。まずネタ/エピソードをどう取捨するべきか?

エピソードの取捨とはどんな基準か。おもしろいか、おもしろくないか。もちろんそこからスタートである。必要か必要でないか。それもある。それで普通は書けるのだが…

選んだネタは、ネタであるからには新鮮でなければならない。読んだこと/聞いたことがあるエピソードばかりでは退屈である。何かしら新鮮さがないとならない。新鮮なのも幾つかはあるんだが…

つまり読ませる物語をどう描くか、題材はあるのに、それが豊かすぎて悩んでいる。ぜいたくな悩みなのだ。ぼくは根が貧乏性なので、ぜいたくには慣れていない。てんこ盛りよりは美味いものをぎゅっと印象的に出したいクチ。だから悩んでいる。

どう取捨するか、どう新鮮に見せるか、そこが腕の見せ所なのだがついネタ=エピソードを落とし込もうとする自分がいる。曲がりなりにもプロなら、自分なりに解決するしかない。

取捨について。エピソードを書くのではない。人物造形をするのだ。造形をする上でぼくが見る描写が足りない。エピソードに押されて、自分の目で見た文が足りないんだ。よし一歩前進。

新鮮さについて。新鮮さとはネタ自体の新規さだけではない。知っているネタも「結びつけたり」「切り込んだり」して違う断面を見せればいいのだ。よし二歩前進。

ええい!ぼくは文の板前だ!ぼくが決めようぜ。器も盛りもツマも醤油も、ぼくが決めるんだ。ぼくが食べる刺身だと思え。これで三歩前進(^^)

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とか書きながら今夜は麻婆豆腐(^^)刺身にありつけるのは書いてから。がんばります〜!

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