おじたち。

昭和20年夏、18だったぼくの父は応召されて、汽車に乗った。到着した頃、終戦を迎えたという。その時の気持ちを聞いたことがないまま逝ったが、きっと高橋源一郎氏の伯父が言ったのと同じだろう。

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朝日新聞の『伯父さんは戦争へ行った』は、作家の高橋源一郎氏が戦後70年の今年、伯父が命を落としたフィリピンのルソン島、バレテ峠へ行ったエッセイである。“公式”の記録では、伯父はルソン島のサンマヌエルで死んだことになっている。非公式の記録、父のノートではバレテ峠である。どちらが正しいのか。作家はこう書く。

伯父の戦没地が2カ所あるのは、どこで亡くなったかわからないからだろう。サンマヌエルからバレテ峠にかけてのあらゆる場所で「全滅」が繰り返され、部隊がまるごと消滅していった。だから、事実を伝えることができる者などいなかったのだ。

靖国神社の公式の記録では昭和20年1月に、父のノートでは5月に死んだとある。米軍は日本軍の抵抗を「押しつぶし」ながら、ルソン島を北上し、5月にこの峠で最後の壊滅があったという。それを現地で確かめていった。遠い戦争のかすかな事実をひとつひとつ一歩一歩訪ねてゆく作家の一文、秀逸である。

そして作家は生前、父に聞いた。伯父はなんて言って戦争に行ったの?と。こう言ったそうだ。

ぼくは死ぬだろう。この愚かな戦争のために。

愚か。戦争は愚かな行為である。戦争は愚かな人が始める。愚かな人に加担した人は愚かだ。戦い合う兵士にも愚かな者はいた。だが愚かでなくても愚かにならなければならなかった者もいた。真実がフタされているとはいえ、愚かだと考えなかった市民もまた愚かだった。みんな愚かだったのだ。

近所にこんな張り紙があった。駐輪場の主が書いたらしい。

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近寄ってみよう。「私のおじは、70年前、硫黄島で、25歳の若い命を散らしました

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人を殺し殺されないため、私は安倍内閣の戦争法案に強く反対します

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ぼくもまた愚か者たちの法律に反対である。議員とは自分の選挙区が無くなりそうだと党員生命を賭けて反対しても、憲法改正には無意見で従うのだ。喜劇ではなく悲劇か。いや劇にも値しない。

愚か者のせいで死んだ者たちに、ただただ合掌。

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