小さなお国の小さなおうちで。

知らず知らずに戦争は苛烈になっていった。過去もそうだし、これからも…

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読もう読もうと思って時が経ったが、読み出したら1日で読み切った『小さいおうち』。有能な女中が、東京郊外の家庭に奉公した体験を、高齢になった時に振り返って書き残す昭和の物語、おもしろかった。

軸になるのは美しい時子奥様と女中のタキさん。再婚した夫と一人息子、そして表沙汰にできない関係となる美大出の青年。語りが上手いし、昭和の風景もタキさんの作る料理献立も楽しい。戦時統制下の暮らし、そして生と死。こんな物語が書けるようになりたいなと思った。

自分の境遇に重なるものもあった。ひとつはタキさんが山形から上京して最初に奉公した家が、小中という大作家の家だというくだり。その場所が「文理科大学」、今の筑波大学東京キャンバスを過ぎて「大塚坂下町」から「護国寺」に至るという。ここは我が実家のそばであり、庭のように知っている。そしてそこに住んでいた文豪といえば菊池寛である。

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実家のすぐそばに菊池寛の住まい跡がある(ずいぶん前から学生寮)。我が母は菊池寛の娘と知り合いだった。「可哀想だけどブスねえ」と言っていた。

さらに再婚先が「玩具製造会社」というのも「あれ?」と思った。我が母方の家は、戦前戦後にかけて玩具の輸入や製造をしていた国内トップ企業だった(倉持商会)。当時ヘリコプターを持つほど羽振りがよかった。戦後、娘婿三代で倒産してしまった。まさか…と思うがいつか作者の中島京子さんに会えたら訊いてみたい。ちなみに我が母も「京子」であった。ご縁を感じた次第。

と、感想にならない感想ですが、その小中先生がタキさんに道ばたで久々に出会ったときのシーンを挙げたい。東京が空襲される1−2年前である。小中先生はタキさんにアイスをおごって、店で声を潜めてこう言った。

「マドリング•スルーというんだよ。計画も秘策もなく、どうやらこうやらその場その場を切り抜ける。戦場にいるときの、連中の方法なんだ。このごろ口について出てきてね。マドリング•スルー。秘策もなく、何も考えずに」

タキさんも時子奥様も戦争には、のほほんとしていた。だって知らされていなかったのだから。当時の政府は負けても噓ついていたから。

それから70数年後の今日、憲法改正したあとの秘策が現政権にあるのだろうか。あるようにはとても思えない。何のために改正したいのだろうか。自己顕示欲だけのためにしかとても見えない。今の憲法が悪いとはとても思えない。むしろこの70年、小さなお国の平和がありがたい

次の読書は『神聖喜劇』を再読しようと思う。

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