きっとよくなる。

今朝、5時半頃目が醒めて、乾かない洗濯物を見つめた。なんとなく確信が芽生えた。

FullSizeRender(36)

「その時は来る」だから「来ても奢るな」

ぼくは自信過剰な人間ではない。カラ元気する人でもない。自分の直感に従う、それを信じる人である。それで後悔したことはないし、それに裏切られたこともほとんどない。

だから、どこぞから降ってきた「きっとよくなる」という確信めいたものが、妙に確信できる。乾ききらない洗濯物を見つめて、よくぞそんなことを思うと言いますか。ですよね、変人だから(笑)でもいいじゃないですか。きっとよくなると思い続ければきっとよくなる。

でも単なる「祈り」じゃない。根拠のない「期待」でもない。強いて言えば「予感」、いやむしろ「予期」に近い。何がと言われても答えにくい。仕事、暮らし、愛…なんだろう。ひと言でいえば「日の目を見る」ということかな。

必ずしも世俗的にバーンではない。お金ドーンでもない。だといいけど(^^*)それより自己満足が日の目を見るみたいなイメージ。

例えば文を書くという世界では、文学賞とかエッセイ賞とか功労者賞とか、そのたぐいの賞が年間200くらいあると言われる。若い新人は受賞するのに血眼になってその後が続かなくてほとんどが消える。残れば成功、消えれば失敗と言われる。知人でも消えた人は何人もいた。

ぼくの思う成功や失敗はそういうもんじゃない。創作や表現をそこまで貶めることはない。そんなのに汲汲とするのは、お酒飲んで上司の悪口を言うようなことと一緒なんだよ。

結局「楽しく続けられるかどうか」だと思う。

認めてくださる人が少しずつでも増えるかどうか。表現したいテーマがひとつ広がり、そこからまたひとつ広がるかどうか。それができ続けるのが成功で、その上に世間の評価が付く。いや付くか付かないかは運不運があって左右できないものだ。たとえば表現者が美人だと一瞬もてはやされるけれど、それは始まりの終わりだしね。

これを読んだ人がもしも文や絵や書や音楽や演技や踊りやらの表現者なら、楽しく続けられる日まで、苦しくても止めないでほしい。きっとよくなるから。そして来ても奢るな。

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中