考える力を授けた寺子屋

昨日インタビューした医師に受験勉強についてきいた。彼はこんなことを言った。

月水金は塾に行ったんですよ。塾っていっても山の中の寺子屋塾みたいな、重清塾っていったかな。おかげで授業がすごく楽しくて、勉強も楽しくて。

小学校の成績はよかった。この塾のおかげらしい。重清塾ってなんだろう?寺子屋って?調べてみると、医師と同年代の人で書き込みがあった。

重清塾〜って言っても分かる人、少ないだろうなぁ。
自分は小学生の時しか塾に行かなかったけど
重清塾のおかげで、自分でやる勉強の方法とか学んだから
大学は塾・予備校なしで行けたよ

へえっ。どんな教え方なんだろう。医師は「いまどきの子供たちは学び方まで教わる。だがこうやってこうやってこうやってやると、自分に力がつくなとわかった」と言うのだ。

なんとなくピンときた。

今は学び方=考え方まで教わってしまう。だから自分で考えなくなる。問題を把握する力、解き方パターンを当てはめる力はつく。だが解くために考える力がつかない。重清先生の教え方を想像すると、「自分で考えなさい」と突き放しながら、考え方のヒントを教えたのではないだろうか。そして塾生同士も、勉強の仕方を盗み合ったのではないだろうか。

ぼくの大学受験は二流の補欠、三流の合格でしかできなかったが、現役で塾無しだった。だから自分で勉強をどうするかけっこう考えた。参考書を選び抜き、複数の参考書から基礎問題をくまなく横断的に集め順序まで編成した。覚えるまでやった。それから応用問題にかかった。そうした苦労は後の資格試験や文章の勉強にも役立った。

だから共感がある。どんな先生だったのだろう。

重盛良吉さんは1928年生まれ、95年に亡くなった。宮崎師範卒、中学の教師したあと上京して私塾を開いた。横浜市の磯子区だった。詩人でもある。こんな本も自費出版している。そんなに売れなかったのだろうな(と勝手に想像した)。
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でも重清先生は立派な医者を育てたし、他にもたくさんの「考える子」を育てた。それで十分だ。講師をして、文を書いて、世にも出ていない我が身の経歴を重ねて、ちょっと切なくなったけれど、ぼくも40数年後にも感謝されるように、留学生にニッポンのことを教えたい。明日は講師の日です。

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