三和印刷の中村さんが「utte文庫に」と本を一冊献上してくれた。シンプルだが凝った装幀。風情がプンと香る本は和菓子屋、いや果子屋の本である。
目黒区青葉台の和菓子店『HIGASHIYA』。事情があって(ここならできるという理由で)三和印刷が蠟引きの表紙を手がけた。創業者緒方慎一郎氏の著書『HIGASHIYA』、美しい和菓子の写真と詩的な表現で埋め尽くされた本をめくると、松岡正剛氏が本書のデザインをして寄稿しているのに目をつけた。
松岡正剛氏の一文は『起草店涯(きそうてんがい)』。彼はこう書く。
世の中で流行する和風ブームが「和」や「日本」をどんどん浅くしていることに、私は倦きていた。
雑誌特集もがっかりで読まなくなり、クールジャパンも派手な太鼓の空打ちと書く。その気持ちはわかる。和紙の世界遺産にしろ何が遺産なのか?日常で使ってみなはれ。その良さが体感できる。言葉ではなく五感で和紙を語ってほしい。
店主の緒方慎一郎氏とは長い付き合いのようで、彼を「『断ち切り』をわかっている、『余す』がわかっている男』」と紹介する。どちらも日本文化のことだ。
断ち切りとは小さく切ること。文を小さく切って短歌になり俳句となり、茶の湯が広間から小間へ、四畳半から二畳へ移ったように「切られて小さくなる」。余すとは、たとえば小袖から帯をちょいと余らして見せる演出である。
静かな男、緒方慎一郎はアメリカに憧れて失望し、偽物日本に対する義憤にかられ、「デザインには主客が必要だ」と思って、和菓子の店をつくったのではないか。もてなす、楽しむ関係づくりと喝破する。ここに惹かれた。
デザインを主客のやりとりで表す。いかにして?ふたつある。
ひとつは「日本の四季」である。菓子を“果子”と書いて季節の果物をつかい、季語のある詩歌、季節のある花を生ける日本文化に通じる菓子を表現する。
もうひとつは「ちょっと」である。素材や色や形、包装にまで「ちょっとユニーク」を表現した。それが和菓子店『HIGASHIYA』を生んだ。
一度食べたことがあった。中村さん、良い献本をありがとう。
改めて思った。松岡正剛氏はGoogle以上の知識がある。Googleという衆知にはない見識、広さと深さの知見が、「ちょっと」ではなく「余す」ところなくある。とても足元にも及ばない。