試作と思索

試作はおろそかにはできない。思索がちゃんとできれば製品はできあがったようなものだから。

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ある野望をもって中村さんが穴をあけた。試作品である。これをテストする。さてどーだろう、ニーズはあるかしら。わが知人のところで試してもらった。その結果は…50点(^^;)ニーズはあったが効果が予想したものとはまるでちがった。うーん…再開発っぽい。

ぼくの創作文もまだ試作、いや思索段階にある。

依然としてどう書くか悩んでいる箇所がある。今朝もガバっと起きた。枕元の携帯をみると5時前。起こされたのは足が攣れかけたせいもあるが、あれこれ考えるあまり脳が引き攣ったのだろう。

それはラストシーンである。「ぱっとしない」のだ。ここ数日まだ悩んでいる。

まず「どうしてぱっとしないか」が問題なのだが、それさえわからなかった。なぜぱっとしないのか、どこが悪いンだろう、登場人物AとBの問題ではある、でもわからん…。我が文才の無さを呪った。

そこで自宅から仕事場に移動した。それは、ただ悩みを移動しただけだった。

他の箇所に直しを入れていた。するとうまく書けている。登場人物Cとその恋人Dの「からみ」は上手に書けている。おおそうか、これだ!ラストシーンに向かってAとBに「からみがない」のだ。行動のからみもなく、だから心のからみも足りない。描ききれていない。それだ!と問題が特定できたのは、もう夕方近くだった。

問題特定後、2時間悩んで、しかし解が降りてこないので帰ることにした。

第二次自主締め切りが近づいている。どーしようか…と思ってフト思いだした。「困ったときは我が体験を振り返れ」という鉄則である。あらゆる創作は、結局その人の中から生まれる。つまり体験からだ。評論じゃないんなら、血となり肉となった体験や思いがその創作をつくる。そうじゃない創作はしょせん評論である。

そこで、地上で最も大切な知人とのメッセージを遡ってみた。1年半以上前から、ずぅーっと読みだした。すると「おっ」というくだりがあった。

「これだ!ぼくはこの方のここに惹かれたんだ」

それを頭に入れて電車に乗った。しばらく目をつむっていると、ダダダダダ…とラストシーンへの構成が降りてきた。ここにこれを書く、あそこはこうする、新しく入れこむ、捨てた文をリサイクルする… これでAとBの心と心がからまりそうだ。

今夜もがんばろう。

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