救援社会

元メジャーリーガーの投手藤川球児の選択、四国独立リーグチームとの契約が話題となりましたね。

メジャーから故郷の独立リーグチームへ。しかも無給であり、収益から寄付もするらしい。清々しい決断だと思う一方、1試合登板ごとの契約というのがちょっと腑に落ちなかった。なぜなら彼は記者会見でこう言っていたからだ。

「アメリカは本当に契約社会。自分も契約にとらわれてやってましたし。日本の場合は感情が入ってやっていた。日本ではリリーフでなく『救援』、誰かを助ける、いつも誰かのためにと思ってやっていた」

アメリカが契約社会というのは、メジャー契約とマイナー契約の月とスッポンの違いからも明らかだし、野球じゃなくても結婚も「契約」であり、条件(収入や性的能力等)を満たせなかったら別れます、と明文化されているとか。米国式の契約書はあらゆる可能性を考慮しまた排除するから実に分厚い。よくつくるしよく読むものですよ。

比べて日本は、野球でもビジネスでも暮らしでも、確かに「救援社会」がある。滅私して救援する武士道、協働して救援するチームワーク、叱咤激励して救援する師弟関係などがある。だから道を外れる者は痛い目にあう。救援という円陣からはみ出すと冷たい風にさらされるのだ。

どちらもメリットデメリットがある。しかし、自分は契約社会で、周りは救援社会などと言うと、たちまち村八分である。逆に自分は救援社会のつもりでやっているのに、周りが100%契約社会だったら、働けど働けどと…なんだか残念である。

どうやら日本でトッププレイヤーなのに米国にゆくとダメになるのは、力量の差ばかりじゃない。最初は「契約社会」で踏ん張っても、やがて自分の素地である「救援社会」、つまり日本的な社会とのギャップが、心の中で大きくなるのではないだろうか。ゴルフの石川遼や宮里藍選手などはそんな感じがする。

米国でやるのは「タフじゃなきゃだめ」というが、そのタフネスとは、契約社会でも働ける鈍感力か、あるいはイチローや野茂英雄のように、地球上のどこにいても「サムライであり続ける強靭さ」なのである。

錦織選手は契約社会型か救援社会型か、真央ちゃんはどっちなのかなどと考えて、将来を占うのも楽しい。もちろん他人ごとよりも自分はどっちなのか?知っておきたい。ちなみにぼくは救援型だが、助けられずに火だるま炎上するタイプです…(^^;

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